第4回 出典:
東京大学前期 1989年 理系数学 第5問
皆さん、こんにちは。8月ももう中旬で、皆さんの勉強も今がまさに佳境でしょう。そんな時期に当たる今回は、大学で学ぶ内容をベースにした、皆さんの数Ⅲの積分練習にもなるような記事を、夏休み拡大版でお届けします!
「空間図形の体積を求めよ」というとき、受験生の皆さんが真っ先に思い浮かべる、むしろ真っ先に思い浮かべられるようになっておくべき解法は「適当な断面で切って面積を求め積分する」というものでしょう。東大でも頻出の考え方ですね。難関大の受験業界においてはその他にも有名な解法がいくつかあります。俗に言う“バウムクーヘン分割”もその中のひとつですが、そもそも受験業界にこの手法を初めて持ち込んだのがこの東大理系数学1989年第5問だと言われています。方々で耳にすることですが、ここからも確かに東大入試が日本の大学入試全体を牽引する役割を担っていると言えますね。
空間図形の求積手法の一つとして、特に回転体の体積を求めるときに大いに役立つ有名な“裏ワザ”が存在します。数学好きの方はご存知かもしれませんが、それが次の
パップス=ギュルダンの定理:
平面図形 S を、S を貫かない軸のまわりに1回転させたときに通過する領域の体積は、S の重心が描く軌跡の長さと S の面積の積に等しい
です。これを用いると大抵の回転体の体積はすぐに求まるのですが、高校範囲に収まらないため入試本番での使用がグレーゾーンと言われる、まさに“裏ワザ”です。しかしせっかく便利なツールがすぐそこにあったら、使いたくなってしまうのが人の性。入試では答案に正しい証明をキチンと書けば使って良いと言いますし(証明しないで使うと減点されるとの噂もあるが真偽やいかに)、今回はまずパップス=ギュルダンの定理の理解に必要な“重積分”の世界から、ちょっと背伸びして覗いてみましょう。
高校で習う積分は、ある1つの軸の方向へ、微小な幅を持った長方形の面積を足し合わせていくイメージで紹介されたはずです。その中で養われたであろう皆さんにとってのこの「インテグラル」という記号への認識は“その計算操作を表す単なる記号”というものでしかないとは思いますが、インテグラルの本質的な意味は本来この“微小なもの・連続的なものを足し合わせる”というところにあります。そもそもの話、「“
”は図形的にはどういう意味なのか?」を思い出してみると、“縦の長さが f(x) 、横の長さが微小な値 dx である長方形の面積 f(x)dx を、区間 [0,1] で足し合わせる”ということですよね。この意味を正確に数式に落とし込んだのが、例の極限を使った定義式
となるわけですが、積分という操作自体は本来このようにシグマを使うのと似たような、単純な事しか言っていないのです。数学的に正確に書こうとするが故の、数列っぽい考え方の設定やらゴテゴテした形の式への極限の導入やらが、初学者である高校生にとって強烈なインパクトになってしまっているだけなんですね。とりあえずここから先は、不連続なものを足し合わせるときは「∑」、連続的なものを足し合わせるときは「∫」くらいの違いなのだと割り切って読み進めてみてください。
では、さっそく次の問題を考えてみたいと思います。
xy 平面上に4点 O(0,0) 、A(1,0) 、B(1,1) 、C(0,1) を頂点とする正方形の板がある。この板の密度は一様ではなく、x と y についての2変数関数 ρ(x,y) で次のように表される。
(1) 板の質量 M を求めよ。
(2) 板の重心 G の座標 (X,Y) を求めよ。
初見で皆さんにこんなものを解いてもらおうなんてつもりは勿論ありませんので、いきなり解答・解説です。上の話の流れで考えますよ。
(1)
まず、題意の正方形を縦の長さが微小な値 dx 、横の長さも微小な値 dy である微小な大きさの無数の長方形に切り分けます。すると位置 (x,y) に置かれたこの長方形の質量は、大体 ρ(x,y)dxdy であると言えそうです。この近似をもう少し正確に議論することもできなくはないですが、話が難しくなるので今回は正確な議論をガンガン無視していきます。一応無視しても大丈夫である根拠を言っておくなら、高校で学ぶ積分の定義で長方形の面積の和と考えたときだって、本当は長方形が余る or 足りない部分があったでしょう? しかし極限を取った先ではそれが無視できると考えました。これと同じことです。
さて、これを正方形の領域全体で全て足し合わせれば求める質量 M が得られそうです。ここで、インテグラルは“微小なもの・連続的なものを足し合わせる”記号であるということ、そして今までの積分“
”が“ x 軸というある1つの軸の方向へ、微小な幅を持った長方形の面積を足し合わせていく操作”を表していたことを踏まえると、次のような書き方・考え方は受け入れてもらえるのではないでしょうか?
x 軸方向、y 軸方向の2方向について積分してしまう……これが「面積分(二重積分)」です。とりあえずこれを今までの積分の知識に照らし合わせてなんとなく(勘で)計算してみれば
・
・
となりますが、実際これで正解です。今回は特に x と y の間に依存性が無いので、ちゃんと極限を使って正確に議論したとしても結局今までの積分の定義式と同じような形になるであろうことが予想されます。一方の文字についての積分の際に他方の文字を定数とみなして計算しただけの、こんな勘が通用してしまうのも妥当と言えるでしょう。上では x から先に積分していますが、今回の場合は y から積分しても、結果が上で見たのと同様に、それぞれの文字を含む部分で∫を分けて別々に計算し積をとった
となり変わりません。
自分が大学に入って感じたことのひとつは、“インテグラルって結構適当に使っていい記号なんだ”ってことです(まあ、物理学科だからなのでしょうが……数学科の人にこんな適当な話ばかりしていたら怒られてしまいそうです)。そもそも表記からして統一されておらず、高校時代は積分操作と言えば“
”の形で書かなければ絶対ダメだと思い込んでいたものですが、上の例題の積分の式は、大学では“
”と書いても“
”としても、考えている領域を暗黙の了解のうちに S として”
”と表現しても通じます( S が面積を表すのは当たり前ということで、面積分ですら”
”と書くことも)。使用するときも、慣れてきたら『んーとりあえずこの領域で全部足し合わせるんだから積分で~……』というくらいの感じで、高校時代ほど積分に対し慎重にならなくなりますね。
本当に大雑把でしたが、でも面積分なんて要するにこういうことです。受験勉強中は「中途半端な理解で先を急ぐくらいなら、遅くても確実に理解してから進みなさい」とよく言われますが、大学以降勉強が難しくなってきたときには逆に「とりあえずわからないままでも先に進んで慣れてみて、使い方が分かってきてから改めて理解しなおす」ということの方が大事になることも往々にしてあります。
これが受け入れられるようになると、拡張しただけの「体積分(三重積分):
」を認められるようになるまでにそう時間はかからないことでしょう。また「それ以上の拡張もできるんだろうけど、4次元以上なんて考えたところで使う機会無いんじゃないの?」という方は驚くなかれ。例えばより厳密に理想気体の状態方程式を導くことなどのできる統計力学(“力学”と言えど、化学でも分野によっては使います)では、なんと
で表される 6N 次元積分なんて途方もないものをベースに話が進んでいったりしますよ(しかも、N は分子数なのでアボガドロ定数と同じ
オーダーの数)。
積分に対する認識も大分変わってきたところかと思いますが、さらに極めつけ。面積分の領域 S は“平面”に限らずどんな“面”に対しても考えることができて、それは例えば“球の表面”や“円柱の側面”、果ては“原点を含む任意の立体の表面”なんかもOK。高校物理でも習うガウスの法則は、大学では
などと表されます。数学の道具の自由度が増すことで、様々な現象が数式で表されるようになっていくんですね。
(2)
問題を解くにあたって、まず重心の定義が必要です。(物理選択の方は
⇒こちら)
高校の物理の教科書では、まず2つ質点からなる系の重心について次のように説明されていることと思います。
位置
にある質量
の物体1と、位置
にある質量
の物体2からなる系の重心の位置ベクトル
は、
そして東大を目指す皆さんの中には、これをもっと沢山の質点からなるに系ついて拡張した
・
を知っている人も多いでしょう。式の特徴をあえて言葉にするなら、分母をはらって、
「(重心の位置ベクトル)×(系全体の質量の総和)」
=「(各質点の位置ベクトル)×(その質点の質量)の総和」
とすると見やすいキレイな関係になるでしょうか。
さて、以上の話は質点という不連続なものについて考えてきたものでした。今回は連続体の重心を考えようとしている訳ですよね……とここまで言えばもうお分かりでしょう。そう、要は上の議論における ∑ さえ ∫ に置き換えられたら良いのです。いきなりベクトルと積分を同時に扱うと混乱するかもしれませんから、ここではわかりやすいよう、ベクトルが成分ごとに計算できることを利用してそれぞれの成分で考えることにしましょうか。(1)と同様に、縦の長さが微小な値 dx 、横の長さも微小な値 dy である、位置 (x,y) に置かれた微小な長方形を考えて、この重さが ρ(x,y)dxdy であることに注意して、上の関係が成り立つように式を当てはめていくと……
xy 平面上の領域 S 内に存在する密度関数 ρ(x,y) をもつ2次元の物体の重心の座標 (X,Y) は次式で定義されます。
これも、どんな次元であっても同様です。(
⇒蛇足)
ちなみに、“積分されるものがベクトルの場合の計算は成分ごとに行う”という約束をすれば、領域 D 内の物体の重心の位置ベクトル
は次元によらず同じ形
で定義できます。任意の次元で意味が通る式で書き表しているので、抽象的な
や
といった書き方に抵抗を覚えるかもしれません。それなら、これは蛇足なので気にしないでください。
これさえ分かってしまえばこの問題はもう単なる積分練習です。(1)と全く同様にして計算すれば重心が出るはずですから、手を動かしてみてください。
⇒解答
以上、ここまで積分の新たな側面を見てきました。このような考え方は理系学問の至る所で必須となってくるので、今後のA級紙の記事にも折に触れて登場してきます。その際は今回を思い出してください。それにしても“考えている領域で連続的に変化する量について和をとる”という操作、感覚的には単純そうなのですが、これを厳密に“領域の形が決まっていなくても式を作れる”ように便利な定義を作るとなるともう途方もない話ですよね。尊い先人達が築き上げてきた偉大な理論的体系の有難みをここでも感じます。しかも、驚くべきことに積分にはもっと沢山の種類・分類が存在していて、物理の位置エネルギーの考え方などで登場してくる「経路積分(線積分)」、実数の範囲にとらわれていると直接求めることができない定積分の値を複素数にまで拡張して考えることで求めてしまう「複素積分」、不連続な関数にすら定義できてしまう「ルベーグ積分」……などなど、“和をとる”という操作に対し実に様々な考え方が開発されてきたのです。皆さんが今学んでいるのは、その壮大な積分の世界への第一歩であるということを是非知っておいてください。
東大に合格するだけの積分の能力があるなら、あとは上のイメージを掴んでしまうだけで教養学部程度の物理科目の山はひとつ越えたようなものです。逆に、このイメージを掴めば“断面積を求めて積分したら体積が出る”という高校内容についても理解が深まることでしょう。以上の内容が高校生の皆さんにとって簡単に理解できるようなものだとは決して思っていませんが、興味のある方は是非、息抜きついでに何度も読み返してほしいかなと思います。
最後に、ここまで余裕でついてこれたぜという天才的な皆様へ。そんなあなた達には一般的な高校生向けの積分計算の練習教材なんて面白くないでしょうから、上の内容を踏まえた、数Ⅲ積分練習の腹の足しくらいにはなるであろう問題を用意しました(冒頭で触れたパップス=ギュルダンの定理についてはこちらで解説します)。他の人よりちょっぴり刺激的な積分練習と共に、ちょっぴり刺激的な夏の終わりを迎えてもらえたら嬉しいですね。それでは、ごきげんよう。
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2013/08/16 石橋雄毅