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特殊線形群 ~群論のプレリュード~

 学習指導要領の変更に伴い、2015年度入試から各大学の数学の出題範囲が変わります。つまり今年大学受験を控える皆さんが、「行列」の単元を学習する高校生としては事実上最後の受験生ということになるわけです(無論、この単元が今後復活することも十分に考えられますが)。単元が削除され…
第10回 出典:東京大学前期 2012年 理系数学 第5問

 皆さん、こんにちは。いよいよ秋の東大模試。夏からの成長を思う存分発揮してきてください!


 学習指導要領の変更に伴い、2015年度入試から各大学の数学の出題範囲が変わります。つまり今年大学受験を控える皆さんが、「行列」の単元を学習する高校生としては事実上最後の受験生ということになるわけです(無論、この単元が今後復活することも十分に考えられますが)。単元が削除されることは当然これまでもありましたが、その単元を出題できる最後の年に各大学がこれをこぞって出題するという現象はその度に確認されています。例えば、それまで滅多に原子物理分野を出題してこなかった東大も、2006年度入試からこの分野を出題範囲外にするにあたり2005年に久々に原子の問題を出題しています。こういった状況を鑑みたとき、今年の受験生である皆さんにとって「行列」はまず間違いなく入試の要となる重要な単元であると言えるでしょう。
 その先駆けとしてなのか、東大は学習指導要領が移行し始めるタイミングの2012年度入試において、数学で行列の問題を2題も出題しました。1問1問のウエイトの重い東大数学で丸っきり同じ単元、しかも東大入試で扱われることがそれほど多くなかった行列の問題が2題も出題されるのは異例のことで、受験業界の各関係者を驚かせました。
 そのうちの一方である第5問は、人工的で見慣れない設定ではあるもののやることは言われている通りに証明を進めていくことだけで、オチもよく見えないなんとも中途半端な印象を受ける問題です。良問揃いの東大数学においてこれは一体どういうことなのか――というところですが、その原因は本問自体がある大きなテーマをもつ証明の一部抜粋(及び入試問題用にアレンジ)となっているところにあります。そのような中途半端な出題をせざるを得なかった背景にはもしかすると急遽行列の問題を用意する必要に駆られたりしたなどといったドラマがあったのかもしれませんが、こればかりは何をやっても憶測の域を出ません。そして実際には、“経験の少ない設定を飲み込んで試験時間内に処理することができるか”を問うという意味で、本問も十分に東大入試の一問として機能したことでしょう。
 とはいえ本記事の読者である好奇心旺盛な皆様は、きっとこの証明問題の全体像が気になるところだと思います。そこで今回は、この問題をもとの形に戻しオチまでつけた“完全版”とでも言えるような問題を作ってみました。2012年度の数学を既に通しでやった方、もしくは通しでやる予定の無い方は、下の問題に挑戦してみてください。


⇒2012年第5問完全版(PDF)

⇒解答(PDF)



 以上問題で見た通り、面白い結論が得られました。もともとが大分立ち入った話なので、(5)、(6)辺りは高校では見慣れない考え方でとても難しかったかもしれません。特にクライマックスの(6)はそれまでの小問がどういう意味を持っているのかフルに想像力を働かせねばならず、厳密でなくとも大枠の流れが考えられたのならアカデミックな数学の素養は十分と言えるでしょう。一応その中でも強調しておきたいことがあるとすれば、(6)の解答のネックとなった“単調減少する非負整数列なのでいずれ 0 になる”というロジック。確かに高校数学で経験することはそれほど多くないものの、東大数学を武器にしたいというレベルの人間にはいざというとき使えて欲しい考え方ですね。というのも比較的最近の東大入試での出題があったからなのですが、どの問題かは自分で解く中で探してみてください。

 さて、本問がアカデミックには何を意味しているのかを触りだけ紹介します。まずいきなりですが、“集合 G が演算 ◦ に関して『群』である”とは、以下の4つの条件が成り立つことを意味します。

1. G が ◦ に関し閉じている
(G の任意の要素 a,b について a◦b = c ならば、c も G の要素)
2. 結合則が成り立つ
(G の任意の要素 a,b,c について (a◦b)◦c = a◦(b◦c) が成立)
3. G 内に単位元が存在する
(G の任意の要素 a に対して、a◦e = e◦a = a を満たす単位元 e が G に存在)
4. 任意の G の要素に対し、G 内に逆元が存在する
(G の任意の要素 a に対して、a◦a' = a'◦a = e を満たす逆元 a' が G に存在)


 抽象的に言うと分かりづらいですが、例えば 0 を除いた有理数全体の集合 Q-{0} は演算 × に関して群です。なぜならば、

1……有理数同士の積から有理数でない数、すなわち無理数は出てこないのでok.
2……明らかにok.
3……有理数である 1 は単位元の性質を満たすのでok.
4……0 以外の有理数はその逆数を掛ければ単位元 1 になるが、有理数の逆数は有理数なのでok.

しかし、0 を除いた整数全体の集合 Z-{0} は演算 × に関して群ではありません。整数の逆数は整数とは限らないので、条件4を満たさないからです。
 このように同じ“×”という演算でも、扱う集合が変わると成り立つ性質が変わってくることがあります。“積”の計算ができる集合は、皆さんが知っているだけでも『数字』以外に『文字式』、『ベクトル』、『行列』などがありますが、これらの積の性質には共通する点と共通しない点とがあります。例えば行列は積の順番を入れ替えることができませんが、それ以外の集合では積(内積)の順番は結果に影響しませんね。こういった違いがあるからと、それぞれの集合で別々に計算することによっても、確かに様々な公式がそれぞれで得られるでしょう。しかし、もしこの共通点を活かした議論を行うことができれば、1つの議論から様々な集合での公式が導かれるとは思いませんか? 大雑把ですが、こんな感じのことをやってのけるのが「群論」という分野です。どんな共通点を持つのかが重要なので、群論では上のように“条件○○を満たす集合は△△”といった具合で細かいグループ分けが成されているのですが、まずそれらを把握して自分の中でイメージできるようになるまでが大変で、受験勉強に活かせるところもあまり多くはないので受験前に首を突っ込むのは普通の人にはあまりお勧めしません。ただ群論は“変換”というもの全般について考えることができるだけ、その威力・適用範囲は絶大で、“5次方程式に一般的な解の公式は存在しないこと”や“コンパスと定規だけで角度三等分線を作図することは出来ないこと”といった長年数学者達の頭を悩ませてきた有名問題も、比較的歴史の浅い群論を用いて証明されました。逆に威力が絶大過ぎるから大学入試に活かしづらいとも言えるのですが、それでも例を挙げるなら、大学入試数学史上最難と評される東大入試後期数学1998年第3問(2)では安田亨先生が群論的な考え方を用いた証明をされています。「群論、なんだか凄そうだな」ということくらいが伝われば十分ですが、実際群論は、現代の数学、さらには物理・化学を含めた自然科学にまでも大きな影響力を持つ一大分野となっています。

 では本問について。上の問題の (2) で det (PQ) = det P・det Q が成り立つことを示しました。つまり、行列式が 1 の行列、もしくはその逆行列の積のみから表される行列の行列式は必ず 1 であると言えます。よって、条件(D)を満たす行列は積という演算に関し閉じていると言えるでしょう。さらに条件 2、3、4 についてもすぐに確認できるので、これが群であることまで言えてしまいます。この群を“特殊線形群”と呼び、2×2 行列の場合 SL(2,Z) と表しますが、本問では最終的に SL(2,Z) という群が B と C だけあれば作れてしまうことを示していたのでした。このとき、B と C は SL(2,Z) の“生成元”であると言います。特殊線形群についてもまたいろいろあるのですが、今回はここまで。

 東大入試では整数の証明問題に多いですが、受験数学で大問全体としてちょっと興味深いことを求めたり示したりする問題って、出会うと多かれ少なかれ感動しますよね。この記事を読みに足を運んでくれるような方になら話が通じると思います。その“興味深いこと”のテーマが大きければ大きいほどより多くの場所で話題になるし、解いていてもより面白い。小問での誘導の中でちょっとずつその核に近づいてくるとワクワクしますよね。東大理系数学なら2006年第4問や2013年第5問、他の大学の大きなテーマのものだと大阪大学2003年後期第4問『円周率が無理数であることの証明』などが良い例でしょうか。それに較べてしまうと、一見何のオチもない本問は地味と言わざるを得ません。しかし今回紹介した“真のオチ”まで見れば、その興味深さは人によっては2012年の東大数学随一ともなるでしょう。演習問題としておあつらえ向きだったのもありますが、何よりそんな本問が埋もれてしまうのは可哀そうだったので、今回この記事を書かせていただきました。ついでのはずの群論話が十分長いのはご愛嬌。それではまた次回。

2013/11/8 石橋雄毅

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