第11回 出典:
東京大学前期 2010年 化学 第3問Ⅰ/
東京大学前期 2011年 化学 第3問Ⅰ
皆さん、こんにちは。今回はかなり解答に立ち入った話をします。過去問演習をする予定の方は、東大化学2010年・2011年の問題を解いてからお読みになることをお薦めします。
憶測でしかない話ゆえ、公の場で唱えられることのあまり無い説ですが、東大入試の作問者はおよそ2年ごとに変わっているのではないかと言われることがあります。絵画を見れば誰が描いたか分かる人もいるし、文章を読んだだけで作家が分かる人もいる――それと同じように、東大入試も2年ごとに問題の持つ“ニオイ”が変わっているような気がするのです。顕著なのは例えば2006年と2007年の物理第1問・第2問。A級紙第2回で、自分は東大入試が問題文で遊んでいると述べましたが、どちらかと言えばシミュレーションに近い設定での出題が多い物理は例年それほど遊んでおらず、問題文は毎回解答の際に必要な状況説明のみに終始しているような印象でした。しかし2006年と2007年の物理の力学・電磁気学ではこれが一転、現実にかなり即していたりやれば簡単に実験できたりする現象からの出題で、問題文の遊び具合も
太陽系以外で,恒星の周りを公転する惑星が初めて発見されたのは1995年である。以来,すでに150個以上の太陽系外惑星が発見されている。この太陽系外惑星の検出原理は,質量 M の恒星と質量 m の惑星 (M>m) が,互いの万有引力だけによってそれぞれ運動している場合を考えれば理解できる。
引用元:東大入試2006年物理
真空放電による気体の発光を利用するネオンランプは,約80V以上の電圧をかけると放電し,電流が流れ点灯する。したがって,起電力が数Vの乾電池のみでネオンランプを点灯させることはできない。しかし,コイルおよびスイッチと組み合わせることにより,短時間ではあるがネオンランプを点灯させることができる。
引用元:東大入試2006年物理
バイオリンの弦は弓でこすることにより振動する。弓を当てる力や動かす速さの影響を,図1-1(略)に示すモデルで考えてみよう。
引用元:東大入試2007年物理
図2-1(a)(略)のように,導体でできた中空の円筒を鉛直に立て,その中に円柱形の磁石をN極が常に上になるようにしてそっと落したら,やがてある一定の速さで落下した。これは,磁石が円筒中を通過するとき,電磁誘導によりその周りの導体に電流が流れるためである。磁石の落下速度がどのように決まるかを理解するために,導体の円筒を,図2-1(b)(略)のように,等間隔で積み上げられたたくさんの閉じた導体リングで置き換えて考えてみる。
引用元:東大入試2007年物理
と絶好調。これは他の年度には無い特徴と言えます。
また、2010年と2011年の化学第3問Ⅰではどちらも“果物の汁”がテーマとなりました。脈絡なく突然2年連続の果物の汁――ここに舞台裏を垣間見るなという方が難しい話でしょうが、それはともかくこの2題に関してはもっと注目すべき大事な共通点があります。今回は、やっぱり東大入試はよく出来ていると感じさせられるこの凄い共通点について、見ていきたいと思います。
この2題の冒頭の段落をそれぞれ抜粋すると、
ある植物の果汁に含まれる酸味成分として分子式 C4H6O5 をもつ化合物Aを得た。化合物Aの化学構造式を決定するために以下の実験を行った。
引用元:東大入試2010年化学
みかんの皮は,昔から漢方薬や入浴剤として使われている。この果皮の成分として,炭素原子と水素原子だけからなる化合物Aが得られた。化合物Aは不斉炭素原子を有し,常温・常圧で無色透明の液体である。化合物Aの構造を決定するために以下のような実験を行った。
引用元:東大入試2011年化学
一見、またよく学びよく遊んでいる問題文だなあという印象を受ける出だしです。しかしまず驚くべきは、“実はたったこれだけの情報から、分かる人には化合物Aが分かってしまう”というところ。確かに後者は「みかんの皮」と話が具体的で、化学に通じた人ならもしかしたら分かってしまうのかも、と納得できるかもしれません。実際この問題の答えである“リモネン”はその道では有名な成分らしく(河合塾さんの東大オープンにも例として出てきたことがありました)、分かる人は「みかんの皮の成分」の時点でピンとくるそうです……いくらなんでもレベルが高過ぎると言わざるを得ませんが。しかし前者に至っては情報らしい情報が分子式くらいしかなく、こんな1行ちょっとの文章だけから何が分かるのかと言いたくなりますね。
多くの東大受験生の御用達『化学Ⅰ・Ⅱの新研究』には「ヒドロキシ酸は、多くの果実中に含まれる爽快な酸味成分で、……」との記述があります。ヒドロキシ酸――カルボキシル基(-COOH)とヒドロキシ基(-OH)とを両方持つ有機化合物のことですが、しっかり勉強してきた人には“果物の酸味と言えばヒドロキシ酸”ということが分かるわけです。それを踏まえて分子式を見ると、何やら O の数が多いぞ? と気が付きますが、となるとまずは2価の酸を考えるのが妥当でしょう。この勘は直後の段落ですぐに裏付けられます。カルボキシル基2つ、ヒドロキシ基1つ、炭素数4の化合物……数を合わせてちょっと考えれば、リンゴ酸 HOOC-CH
2-CH(OH)-COOH のハイ、できあがり。リンゴ酸程度だと覚えている人も決して少なくないでしょう。
結局、後に続く実験内容は必要ないまま答えが出てしまう――しかし東大入試は勿論これで終わりません。後に待つ答えこそリンゴ酸とリモネンではありますが、途中の小問に答えるにはそういったマニアックな知識だけではダメで、高校の普通の学習内容と、それを基にじっくり考える力が必要となるのです。ただ、知識があれば先の見通しがグッとよくなるのもまた確か。このバランス感覚こそが、この2題を東大入試たらしめる重要な共通点だと思っています。ここで紹介した知識は普通の受験勉強を考えればマニアックに過ぎるのは間違いないでしょうが、そりゃあ大学に入る前からリモネンの構造式なんて知っているようなレベルの高い学生を、大学側が欲しくない訳はありません。でも、知識だけで考える力の無いような人間なら東大には要らない。そこまで考えて、書かなくても良い「果汁」「みかんの皮」をわざわざ印字したのだとしたら――非常によくできたふるいだと思いませんか。
いずれにせよ、自分の好きな分野について詳しくなることが自分の身を有利にしてくれることには違いないようです。“芸は身を助ける”とはよく言ったものだというところでしょうか。さすがに高3となるとそれほどの余裕はないでしょうが、受験までまだ余裕のある方は是非今のうちに、興味ある分野に積極的に首を突っ込んでみてください。それではまた次回。
2013/11/22 石橋雄毅