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東大の基礎物理学実験

 さて、第8回で紹介した通り、東京大学の理系の学生は1年の冬学期(2学期)と2年の夏学期(3学期)に必ず「基礎物理実験」「基礎化学実験」という2つの単位を取得することになります。とある一人の東大生・石橋君も例に漏れずそれら数々の実験を制覇してきたわけですが、2012年2月26日、年…
第12回 出典:東京大学前期 2012年 物理 第3問

 皆さん、こんにちは。いよいよ12月。信じられないかもしれませんが、よく言われる“ここからの成長が大きい”という話は自分は本当だと思っています。基本事項がもう大分固まる頃であるというのもありますし、勉強に慣れてもきたのではないでしょうか。受験まで、どうか密度の濃い毎日を。

 さて、第8回で紹介した通り、東京大学の理系の学生は1年の冬学期(2学期)と2年の夏学期(3学期)に必ず「基礎物理実験」「基礎化学実験」という2つの単位を取得することになります。とある一人の東大生・石橋君も例に漏れずそれら数々の実験を制覇してきたわけですが、2012年2月26日、年に一度の一番の楽しみである東大入試を解く中でビックリ! 物理第3問のページを開いた彼は、

「あ! これ、物理実験でやった問題だ!」


と叫んだとか叫ばなかったとか。実際、本問は実験でやることそのままを題材にしているのみならず、解くことになる小問の多くが、実験のテキストに載っていたり予習問題として事前に解くことになっていたりというものでした。物理でも化学でも、東大入学後体験する学生実験の内容が入試問題の題材になったことがあるというこの事実を踏まえると、受験生が実験の内容を軽くでも耳にしておくことが何らかの形で役に立つことは十分に考え得るでしょう。そういう訳で今回は、第8回に続く実験紹介シリーズ第2弾、東大理一が必ず通る道・「基礎物理学実験」でどんなことをするのか、その種目全12(+1)回分を一通り、高校の学習範囲でのキーワードとともに紹介してみたいと思います。ただし紹介するのは2013年現在のもので、実験内容には毎年多かれ少なかれ変化があることをご了承ください。

物理実験学入門
 物理と言うと“自然法則がどのような数式で動いているのかを解き明かす”という面ばかり目に入りがちですが、実験結果は文字式ではなく数値として与えられますから、そこには当然測定誤差が生じます。状況が複雑になったとき、ミクロな系を考えるとき、理論が正しいことを立証するには一体どれほどの値のズレまで許されるのか――これを論理的に評価することができなければとても学問とは言えません。例えば最近でも、“新粒子が99.9999%以上ヒッグスである”なんて言い回しのニュースが話題になりましたが、これも論理的な実験結果の評価の末に大発見と認められたわけです。物理学実験の初回ではこの大事な“誤差の評価”を学ぶべく、6個のサイコロを100回転がし物理で使う統計的手法について学びます。キーワードはズバリ誤差。難関大学では比較的出てくる話題ですが、意外にも東大物理ではここ最近2012年くらいでしか見かけません。東大入試以外にまで目を向けるならば、例えば早稲田大学2005年物理第3問などは比較的大学で学ぶ誤差論に近いものを感じましたね。理科の道に進むなら常に付きまとうものですし、志高い人は高校数学の教科書にある入試出題範囲外の統計の内容まで勉強しておいて損は無いでしょう。

剛体の力学
 高校物理でその運動を扱う対象は、基本的に大きさの無視できる物体、すなわち“質点”に限られます。変形しない大きさの有限な物体“剛体”は高校では静止した状態でのみしか扱いませんが、大学の力学ではこの運動まで考えるようになります。A級紙第6回・第9回で登場した、慣性モーメントを用いた回転の運動方程式ですね。この実験では円柱やパイプ、球など形の様々な物体が斜面を転がり落ちる時間をそれぞれ記録し、その違いを比べる中で回転の運動方程式について理解を深めます。キーワードは剛体、モーメント。詳しくはA級紙第6回を参照ください。

ケーターの可逆振り子
 A級紙第9回で紹介した“ケーターの可逆振り子”を用いて、重力加速度を求めます。ということはこちらのテーマも剛体の運動……実際のところ東大初年度の力学と高校範囲の物理とで違う部分って、この剛体の運動とベクトルの活用(主にコリオリ力の扱い)、あとはせいぜい運動方程式が複雑な状況の運動(空気抵抗がある場合の単振動や移動距離に比例して質量が大きくなる雪崩の問題など)くらいしかないんですよね。ただ、大学での力学は普通の高校物理よりもう少し数学的に厳密になり、そこが例年多くの新入生を苦しめるようです……まあ、自分もその一人だったんですけど(笑) キーワードは剛体、単振り子。第6回第9回で詳しめに取り扱っています。

電磁力
 平行平板コンデンサーの極板間引力と、電流の流れる2本の平行導線間に働く電磁力を測定します。どちらも標準的な物理の問題集に収録されている、高校生にとっても馴染み深い設定ですね。キーワードは電気力、電磁力、コンデンサー、平行導線。手順も原理も明快な楽しい(楽な?)実験で、もともとは高校の理科教育用に考案されたもののようです。この実験も含め、高校生にも理解できて専門的な器具を使わない実験が東レ株式会社ホームページから>CSR・環境>科学技術振興>東レ理科教育賞>東レ理科教育賞受賞作一覧で多数紹介されていますので、読んでみると面白いかもしれません。

磁束密度の測定
 電流の大きさを計ろうと思ったら、回路に直列に電流計を接続しますよね。電位差だったら並列に電圧計を接続すればよく、電位差を利用すれば電場だって特定することができます。それでは磁場の大きさを計るにはどうしたら良いでしょう。こうなるとなかなか単純にはいかなさそうです。ところで、電流の流れる板に磁場をかけると、ホール効果によって電流・磁場のいずれにも垂直な方向に電位差が生じるというのは高校生でもよく知っています。この現象には電場・磁場の大きさと電流・電位差とをつなぐ関係式が立てられますから、これを利用すれば磁場の大きさを逆算することができるでしょう。本実験では、この手法で地球の地磁気を測定します。キーワードはアンペールの法則、ホール効果。大学で学ぶ電磁気学は、大部分が抽象的かつ微積分・ベクトル計算メインで難しいですが、学生実験のできる程度に具体的に落とし込むと高校物理で十分カバーできるレベルになってしまうんですね。高校のうちにこそもっとこういう実験をやってほしいです。

オシロスコープ
 電流・電圧を測定する機器、特にオシロスコープの使い方を学ぶべく、スピーカーに声を入れたときの信号の波形を見たりケーブル中の光速度を測定したりなど、これらを使用する簡単な実験をいくつか行います。キーワードは波形、光速度、電磁誘導。オシロスコープは、高校生でも使う実験器具でポピュラーなものの中では最も専門性が高い感のある機械のひとつではないかと思いますが、大学に入ってからも改めてその使い方を学ぶ辺り、その汎用性の高さ、重要性がよく窺い知れます。と言うか、窺い知っておくべきでした……物理系の学部に行くならまず使うことになりますので、その時に苦労することの無いように。

交流回路の特性
 大学入試ではオマケ程度での扱いが殆どの交流回路ですが、身のまわりの殆どの電気製品が交流電源であるコンセントに繋がって動いていることを考えれば、その重要性が嫌でも思い知らされることでしょう。この実験では交流回路の基本事項である、“ハイパス(高域透過)フィルター回路”“直列共振回路”の2つを組み立て、測定を行います。キーワードは交流、インピーダンス、共振。例えば、交流回路ではコンデンサーが抵抗の役割を果たしますが、そのときの抵抗値を表すリアクタンス XC は、交流電圧の角周波数 ω と電気容量 C を用いて


と表せます。この式を見れば、コンデンサーは周波数の高い信号ほどよく通し周波数の低い信号は通しにくいことが分かるでしょう。
 いま、何らかの現象を電流に変換し、電気信号に変えて測定することを考えます。実際の測定には見たい信号の他にも様々なノイズが見えてしまうものですが、その影響はできることなら小さくしたいところです。そこで測定回路の中にコンデンサーを組み込んでやると、見たい信号よりもゆったりと周期的に変化するノイズは上で見た通り殆どカットされてしまうことになりますね。これがハイパスフィルターの仕組みです。
 また、同様にしてコイルは周波数の高い信号ほど通しにくく周波数の低い信号はよく通すという特性を持つことも知っているでしょうが、それゆえコンデンサーとコイルを直列につないだ交流回路では電源電圧の周波数を変えていくと丁度2つの素子の影響がバランスするところで流れる電流が急激に大きくなります。この現象を共振と言います。これ、実は高校の教科書にも載っていますが、交流あたりは学習の一番手薄になる所です(自分は高校時代知りませんでした)。気になった人はすぐに教科書へ。

減衰振動・強制振動
 大学の物理では使う数学のレベルがアップしますから、高校の時よりも複雑な運動方程式を扱うことができるようになります。先にも少し述べましたが、その中で代表的なものとして“減衰振動”や“強制振動”が挙げられます。バネの弾性力は物体の変位に比例した抵抗力ですが、一般に物体には、空気抵抗など速度に比例した抵抗力もかかりますよね。これを考慮した振動現象を“減衰振動”と呼び、さらに物体に周期的な外力を加えることまで考慮した場合を“強制振動”と呼びます。この実験では、計算で求めるこれらの運動の様子を実感すべく、音叉を弾いた場合や音叉に周期的な磁場をかけた場合に出てくる音波をコンピューター上に表示し、解析します。キーワードは単振動・リサジュー曲線。高校数学ではオマケ程度に出てくるリサジュー曲線ですが、これはどのような式で表されるパラメータ曲線だったか見てみてください。物理に実に関係してくる曲線であることがよく分かると思います。

干渉計による空気の屈折率の測定
 東大入試物理2012年第3問で紹介される手順そのままに、気体の屈折率を測定します。キーワードは干渉縞、屈折率。自分自身高校までに光の干渉実験をやったことが無かったので、実際に干渉縞ができたりそれがゆっくりと動いたりするのはとても面白く感じられました。干渉の原理は入試で問える程度の高校の知識に過ぎないので、実際は容器を真空に引く技術を学ぶという面も結構大きかったりします。

気体の熱力学
 熱力学の問題で“ピストン付きのシリンダーに閉じ込められた理想気体”なんてのはよくある設定ですが、これを実感する機会はなかなかありません。この実験では実際にこの装置を利用して、気体が状態方程式や断熱変化の公式(ポアソンの関係式)通りによく振る舞うことを確かめます。キーワードはピストン付きシリンダー、状態方程式、熱容量、断熱変化。大学で学ぶ熱力学は大半が偏微分絡みで、入学直後は誰しもが面食らうものなのですが、ここで扱う話は全体的に十分高校範囲に収まり、ちょっとホッとした覚えがありますね。しかしだからと言って気を抜けられるわけではなくて、圧力を操作する実験には常に容器の破裂という危険が伴うため、一連の実験の中で唯一安全ゴーグルの着用が義務付けられています。

ヤング率
 金属などの物体に対しても、微小な変形であれば復元力が変位に比例する“フックの法則”がバネの場合と同様に概ね成り立ちます。例えば金属でできた角棒の“バネ定数”を調べようとしたとしましょう。単純に考えれば棒を引っ張って伸びと力の関係を測れば良いのでしょうが、金属が測れるほどに伸びるまで引っ張るには相当大きな力をかける必要があり、これでは大変ですね。しかし棒に横から力を加えるのであれば、比較的簡単に棒をたわませることが出来そうです。ここではこの方法にさらに一工夫施して、ステンレススチール棒のバネ定数(を、棒の形状で補正した物質固有の値である“ヤング率”)を求めます。キーワードはフックの法則。キーワードが少ないですが、関係式の導出には前期教養課程では触れる機会の殆ど無い“材料力学”が活躍するので、この実験では理論を実感するというよりノギスやマイクロメータといった途中で使う様々な測定器具の使い方を学ぶという面の方が大きいのです。

霧箱
 知っての通り、放射線は目に見えません。この存在を確認するために様々な検出器が用いられる訳ですが、これが飛んでいく様子を何とかして見ることは出来ないだろうか――そう考えて考案されたのが“霧箱”という装置です。水の過冷却は知っているかと思いますが、似た現象として気体エタノールが凝縮点以下になっても液化しない“過飽和状態”を作り出すことができます。ここに放射線が飛び込んでくると、刺激を与えられた気体エタノールは液化して粒状になるので、放射線の軌跡をエタノールの雲として目で見ることができるようになるのです。言うなれば放射線の飛行機雲といったところでしょうか。キーワードは放射線、状態変化。正の電荷を持つヘリウム原子核であるα線と負の電荷を持った電子線であるβ線が、磁石の上で別々の方向に曲がることを目で見られるのは興味深かったですね。

GM計数管による壊変率の測定
 あまり喜ばしいことではありませんが、原発事故関連の騒動の中でちょっと有名になってしまった“ガイガーミュラーカウンター(GM管)”。不安定な原子核は単位時間に一定の確率で崩壊し放射線を出しますが、この実験ではGM管を用いて鉛210が崩壊するときに出すβ線を数え、崩壊が確かに確率的であることを統計的に解析します。キーワードはβ崩壊、統計。実験としての操作は基本的にポチポチとボタンを200回程度押すくらいで、あとは殆ど統計計算なので、“物理実験”をやっている感はかなり薄かった記憶があります。


 いかがだったでしょうか。一通り見てみると、比較的高校物理に近い範囲のことを万遍なくやっているようですね。ただこれらすべてを貫く、高校での物理実験との大きな違いが一つ――“誤差”です。理論式が正しいかどうかは常に実験によって確かめられますが、実験値には必ずバラつきがあります。このバラつきがどれほど許されるのかをはっきりさせなければ、理論が正しいかどうかなんて判定できるはずがありません。誰の言葉だったか思い出せないのですが、「物理とは小数を計算すること」という格言が表す通り、大学での物理は誤差評価と切り離せないのです。入試では大抵がサービス問題となる誤差の問題ですが、大学に入るとそう笑ってもいられなくなりますよ。それを示す意味で、東大物理2012第3問Ⅲ(3)は実験の精度の大切さを思い知れる良い機会となったのではないでしょうか。
 最後に、化学実験を紹介した時と同じことを敢えて繰り返そうと思います。新しい何かを知るには賢い知恵が必要で、先人達の知恵の積み重ねが今ある実験操作・手法・器具ということになるでしょう。これらが足場を固めることで、今の科学は成り立っています。それなら、東大ではどのようなことを実際に学ぶのか? 具体的なイメージを持ってもらえればと思い、今回このような記事を書きました。東大と今目の前にある物理の勉強について、少しばかりでも関心を増していただけたのなら幸いです。それではまた次回。

※来週からは、特集「センター試験9割への道」が始まります。“センター試験で9割を取るならば、どういう感覚が妥当なのか”について、約2週間に渡って毎日、メンバー達が科目別に紹介してくれます。そのため、A級紙第13回はセンター試験後の更新を予定しています。どちらもご期待ください!

2013/12/06 石橋雄毅

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