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角川学芸出版『鉄緑会 東大化学問題集』

 基本的なスタイルはシリーズの他の科目と変わらず、『資料・問題篇』と『解答篇』の2分冊。項目立ても基本的には今まで通りですが、化学はそのひとつひとつに対してよりこだわって作り込まれている印象を受けます。…
 基本的なスタイルはシリーズの他の科目と変わらず、『資料・問題篇』と『解答篇』の2分冊。項目立ても基本的には今まで通りですが、化学はそのひとつひとつに対してよりこだわって作り込まれている印象を受けます。

 「資料篇」は“東大入試化学の分析” “合格点到達のための戦略” “答案作成の戦術と技法” “解答にあたっての注意点” から成りますが、ここに並んでいるのはこのテの詳しい分析にありがちな、受験生にとってうまく役立てるのが難しいような細かい話ではなくて、ともすれば卑近とも受け取れてしまうような、本当に実戦的な心構え・技術ばかり。とりわけ“答案作成の戦術と技法”は書く側が東大化学を本当に心から楽しんで書いているなというのがよく伝わってきて、自分は真面目にふざけると呼んでいますが、こういうことができるのってその分野を楽しんで研究し続けてきた人だけだと思うんですよね。本書で語られる“逆T字分割戦略”を見て、自分は本書への信頼をとても厚いものにしました。

 続く「問題篇」は直近10年分の過去問に加え、さらに過去のもので演習するに相応しいセットを4つ掲載し合計14回分から構成。実際の問題冊子と殆ど変わらないレイアウトを採用することで演習効果を高めようとする姿勢も市販の参考書ではなかなか見られない大きな特徴です。学習指導要領の変更に伴う単位系の違いにまで対応してくれていて、もう至れり尽くせりという感じ。「巻末付録」として“無機化学重要反応式集” “元素周期表” “解答用紙サンプル”が収録されていますが、この『資料・問題篇』だけでも満足感は相当なものでしょう。(一応、解答用紙はここにもありますよ、という宣伝はさせてくださいね……?笑)


 「解答篇」には「問題篇」の14回分の問題に対する解答・解説が掲載。各セットのトビラページにその年度の形式面・内容面における特徴を述べた講評と“出題テーマと難易度”“目標得点”が書いてあり、時間を計っての演習後はここで自分の感覚を一般的な東大合格者のものへと整えていくことになります。各問の解答は基本的に“配点” “指針” “解答” “解説” “参考” “類題” “手書き答案” などから構成。特筆すべきはまず濃厚な“解説”。設定の咀嚼、取り組む上での注意点から誤答・不十分な答案の指摘まで東大化学を隅々まで味わうことができるでしょうし、一般的な参考書では流されてしまうような細かい知識、“類題”も含め多数勉強になる所があると思います。ただし本文に散見される、東大本試問題文の作り込みの甘さの指摘から出題ミスの疑惑まで、ちょっとでも気になる所があれば積極的に考察して詰めていく姿勢は、東大に進むような切れ者にあるべき姿だと思いますし大好きなのですが、本書を使う受験生にとっては手取り足取りに過ぎる情報量に逆に振り回される要因となりかねないので、無用に時間を遣い過ぎる事だけは無いように注意しましょう。

 それと“手書き答案”。方々で使いづらいと評される東大理科の解答用紙をどう使うのか――その一例を示した貴重な資料ですが、方法が“答案作成の戦術と技法”で語られているとはいえ時間の無い中答案をこれだけスマートにまとめ切るには相当の練度が必要になると感じます。受験生にとってこの部分にエネルギーをかけることがどれだけ価値あることなのかはやや疑問。自分はこの資料を、ひとつの作品として鑑賞するだけで終わってしまいそうです。『解答篇』の「巻末付録」としては“有機構造決定の重要手法”が収録されていますが、先の“無機化学重要反応式集”同様よくまとまっているという印象。


 難易度評価は本書ではそれほどには重要視されていないようですが、ひとまず試験場の受験生にとって十分妥当なラインを突いていると思います。ただし掲載されているのは予備校の解答速報同様大問ごと(ⅠⅡの単位まで)の難易度評価ですが、せっかく端々で「設問別にはア~ウよりも続くエ、オの方が簡単なこともある」のようなことを述べているので、欲を言えばそのレベルでの評価までしてほしかったところです。


 総じて、鉄緑会から出た他の科目の本同様、東大化学に対し他の追随を許さない圧倒的情報量を提供してくれていると言えます。化学の問題をこれほど一問一問じっくりと扱っている参考書はなかなか見ませんから、そういう意味では東大対策に限らず純粋に化学の参考書として重宝する一冊だと自分は感じました。しかしながら、一応丁寧にわかりやすい形で書かれてはいますが、その分だけ長文有り余談も有りですから、化学の実力がまだ全然足りていない人が読むと情報に溺れてしまうかもしれません。本を必要な部分だけ取捨選択して読んで役立てるといったことができる、知識は最低限あるけど化学の点が伸びない、という受験生になら、値段に見合った価値を提供してくれるであろう一冊です。むしろ、鉄緑会の本全てに言えることですが、受験が終わって時間があるときにじっくり読み込みたくなるような本ですね。



石橋雄毅

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