第6回 出典:
東京大学前期 2002年 物理 第1問
皆さん、こんにちは。秋の模試のシーズンが近づいてきました。焦りもあるかもしれませんが、やることはいつも通り勉強するだけですよね。
物理を勉強していると、沢山の“定数”に出くわします。万有引力定数 G 、ボルツマン定数 k 、気体定数 R 、電気素量 e 、真空誘電率 μ
0 、……高校物理の範囲でもかなり多くの定数が出てきますね。東大も含め物理の入学試験で数値計算をあまりさせない大学が多いので、こうした数値の有難みは忘れられがちなのですが、これらが定数として与えられるからこそ様々な結果を数値として予測することができるのです。
勿論、こうした定数の値は空から降ってくるわけではありません。確かに中には値を定義された定数もありますが、基本的には人間が自力で測定して初めて判明するものであり、そこには当然多少の誤差が含まれます。物理を、ひいては現代社会を支える諸公式がこれらの物理定数によって彩られていることを考えれば、“その値を正確に求める”ということがどれほどの意味を持っているかはお分かりでしょう。この測定のために先人達から様々な知恵と技術が連綿と受け継がれてきましたし、それらに改良が重ねられることで定数の精度はどんどん高くなってきています。
そんな物理定数のひとつ、重力加速度 g ――物理を学んで一番初めに出会った物理定数だという方も多いのではないかと思いますが、「この g の値を正確に測定せよ」と言われたら皆さんはどうしますか?
まず初めに考えるであろう一番素朴な方法は、物体を落としてその落下距離と落下時間の関係をプロットし計算するという方法です。実際これでもある程度はうまくいくでしょう。ただ、落下距離・時間を両方とも、専門的な測定器を使わず正確に測ろうと思うとなかなか上手い方法が必要そうで、だったらそもそも他にもっと良い手段が無いかと考えてみたい所です。
これを踏まえ高校の力学で学習した内容を思い返していくと、“振り子を利用する”という手段に行きつきます。長さ l の振り子の運動は振幅が微小であれば単振動であり、その周期 T は
(1)
と表せると学習したはずですから、l と T を測定すれば確かに g を逆算することができますし、それらの測定は上の方法より簡単そうです。
というわけでピアノ線か何かに重りを取り付け、振り子とすることで重力加速度を測定……としてもいいのですが、今回はこのような方法でそこからさらに精度を上げる方法を考えます。まず単振り子の運動を妨げ誤差を生じさせる主な要因となり得るものを考えてみると、空気抵抗や周囲の環境がもたらす振動などが挙げられるでしょう。これらの影響を小さくするなら、例えば重りの質量を重くするという方法は単純で手っ取り早いでしょうが、重りが重くなると今度は振り子に使う糸の伸びなども気になってきます。それならいっそのこと金属の棒などの、伸びが糸より小さく殆ど無視しても構わないような剛体を振り子として使えばよいのではないかという考えが浮かびます。
剛体の振り子運動を考えるとなると、第6回で紹介した慣性モーメントと回転の運動方程式が登場せざるを得なくなりますが、その運動方程式の形は次のように、高校の単振り子の運動方程式のものと大差ありません。
(2)
ここで、棒の質量を M 、回転軸周りの慣性モーメントを I 、回転軸から重心までの距離を l 、鉛直線からの傾きを θ としました。振幅が小さく θ が微小であれば sin θ ≒ θ と近似できるので、普通の単振り子のときと同じようにこの運動方程式は単振動を表し、その周期 T を
(3)
と求めることができます。また、I は重心を通り回転軸に平行な軸の周りの慣性モーメント I
G を用いて
(4)
と表せるので(導出は
⇒こちら)、
これを(3)式に代入して
(5)
さて、ここまで議論を進めるところまではよかったのですが、問題はこの測定をどうするかということです。上の式の中で特に厄介なのが I と l 。これらの測定を精密に行うのはそう簡単なことではありません。ただし、l を求めるために必要な重心の位置を決定する方法として有名なものがあり、それが東大入試の物理2002年第1問Ⅰで扱われています。授業中、シャーペンなどの重心をこの方法で特定して遊んだ(?)人も多いのではないでしょうか。このような身近で面白い現象を、数式を通して実感できる部分は自分にとって物理の最大の魅力ですね。しかし、このままではやはり I を正確に求めることはできません。
この問題の解決法のひとつは、1817年にイギリスのヘンリー・ケーターに提示されました。全長が L で重心の位置の分からない、十分細くて丈夫な棒の両端をそれぞれA、Bとします。ただし、2つの重りを様々な位置に取り付けられるようにすることで回転軸から重心までの距離を自由に変えられるようにしておきます。まずA端を始点として振り子とし、単振動させた時の周期 T
A を測定すると、A端から重心までの距離を l とすれば(5)式より
(6)
となります。今度はB端が始点となるよう棒をひっくり返し、同様に単振動させその時の周期 T
B を測定します。B端から重心までの距離が L-l であることに注意すれば、
(7)
が成り立ちますが、重りの位置を調節しながらこの測定を繰り返し、T
A = T
B となるような重りの位置を探します。そのときの周期を T
0 とすると、(6)式と(7)式を連立することで
または (8)
と求まるので、重心が棒の中点でない場合さえ見つけられればこれを(6)式に代入して解き
(9)
と求めることができます。この場合、測定する必要がある物理量は棒の全長 L と振り子の周期 T
0 だけであり、この2つであれば身近な装置だけでも十分な精度を持って測定することが可能でしょう。
このような方法で重力加速度を求める振り子は、開発者の名前を取って“ケーターの可逆振り子”と呼ばれたりします。結果である(9)式は高校で扱う普通の単振り子(ボルダの振り子)において求める式と全く同じなのですが、このような方法で求める重力加速度の方が実際に精度が高いと言われています。
この実験は、実は東大の2学期・3学期に行われる学生実験で皆さんもやることになるものです(2013年現在)。2002年の物理第1問Ⅱは操作が違いますが、重りが2箇所どこかにあったりなど、そこはかとなくこの実験が元になったのではないかと個人的には感じる部分があります。そういう意味で、前回に続いて東大前期教養課程の実験で行われる内容を扱いました。この実験に登場する内容の物理の問題はまだ他の年度にもありますが、それはまた別の機会に。
少し話が逸れましたが、このようにとても初歩的な物理定数に思われる重力加速度も、正確な数値を求めようと思うとなかなかの苦労が必要になります。物理の諸法則が様々な公式として判明したとしても、その数値を実際に求められるようになるまでの道のりはそれほど短くないんですね。“誤差”というものについては高校の段階だとまだあまり意識することが多くないことでしょうが、東大物理2012年第3問Ⅲをはじめ難関校の入試では時折顔を覗かせるテーマとなっています。折に触れてこういったことについてまで思いを巡らせられるようになってくると、物理に対する理解がまた深まるかもしれませんね。それではまた次回。
2013/10/25 石橋雄毅