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慣性モーメント ~それでも剛体はまわっている~

 さて、物理選択の皆さんの中にはもう教学社『東大の物理25ヵ年』で東大入試物理の演習を重ねている人もいるかもしれませんが、第2版以前のものを使っている人は、頭から順に解いていると「何だこれは?」と思う言葉に出くわしたことでしょう。それは1985年第4問(当時は理…
第6回 出典:東京大学前期 1985年 物理 第4問


 皆さん、こんにちは。夏に生活が乱れていた分、学校が始まってリズムを戻すのが大変だ、なんてことになってはいませんか? 入試本番までに、生活リズムを含めた体のコンディションを調整していくのも大事な受験の要素です。規則正しい生活を。

 さて、物理選択の皆さんの中にはもう教学社『東大の物理25ヵ年』で東大入試物理の演習を重ねている人もいるかもしれませんが、第2版以前のものを使っている人は、頭から順に解いていると「何だこれは?」と思う言葉に出くわしたことでしょう。それは1985年第4問(当時は理科に第4問が存在していました)の力学の問題に出てくる“慣性モーメント I ”。この問題を解く上で慣性モーメントの使い方に関する知識は欠かせないので、この問題は現行課程の受験生には解けないことになります(『東大の物理25ヵ年』の解説の欄にも「現行の学習指導要領の範囲外の問題である」と書かれています)。
 慣性モーメントは、東大だと1学期の力学の授業でおそらく出てくることになると思いますが、さすがにかつては高校物理の学習指導要領に含まれていただけあって、その導入部分は高校生でも十分理解可能なものになっています。そのこともあってか最近の過去問や模試などにも、予備知識として慣性モーメントを知っていると役に立つであろう問題がそこそこあります。そこで慣性モーメントに関する物理の問題を、現行範囲の高校物理・数学で解けるよう作ってみました。さすがにこの問題だけでは当時の受験生が学んでいた全ての事柄はカバーし切れませんが、解答・解説の後により深く踏み込みたいと思いますので、まずは慣性モーメントがどのようなものなのか、自分のペンで確かめてみてください。

⇒問題(PDF)

 解答はしっかり自分で考えてから見てほしいと思います。

⇒解答


 高校物理の問題では「棒は十分に軽いとし、質量は無視できる」と問題文に但し書きのあることが多いですが、以上の例題のようにこの“慣性モーメント”という概念を導入することで、棒の重さが無視できない場合の計算も可能になるのです。

 例題で、慣性モーメントは“回転の運動エネルギーの比例定数”として定義しました。そして回転運動のエネルギーが剛体棒で確かに の形になっていることを問Ⅰで計算して確かめてもらいましたが、実はこの慣性モーメントの有用性はエネルギー計算に留まりません。今回は慣性モーメントを使った、“回転の運動方程式”について見てみましょう。

 物理を始めてまず目にする、皆さんご存知の運動方程式は

・               ……(1)


・                  ……(1')



ですが、物体が回転半径 r の円運動をしているときは回転角速度 を用いて と表されるので、r を時間変化しない定数とすれば(1’)は

・                ……(2)


と書き換えることができます。
 さて、ここで今考えているのは“回転”という概念だったはずですが、高校物理では回転する/しないの議論をするときに「力のモーメント」というものを考えました。(2) 式の辺々に r を掛け、モーメント N=rF を導入すると、

・              ……(3)


となり、いわゆる“回転の運動方程式”の完成です。こんな形にしたからと言って何の意味があるのかと思うことでしょうが、ホラ、よく見てください。r が定数の場合を考えていますから、 も定数。すると、実はこの回転の運動方程式、普通の運動方程式である(1)式にそっくりですよね? 実際、 の部分は例題の問Ⅰ(1)で見たように回転運動のエネルギーにおける比例定数となりますが、これを I とおけば

・                ……(3')



となり、普通の運動方程式を表す(1)式で F → N 、m → I 、x → θ 、v → ω としただけで、数学的な形は全く変わりません。ということは、(1)式に対して数学的な操作を行って成り立った公式は全て(3)式でも文字を置き換えて成り立つはず。エネルギー保存則は、今まで皆さんが学習していた範囲の力学で数学的な式変形のみによって示されていたものなので、対応関係から回転に対する運動エネルギーは と表せることになりますね。勘の良い方は運動量保存則も問題なさそうだということに気付くかもしれませんがまさにその通りで、“運動量”『mv』に対応する“角運動量” 『Iω』も実際に保存します。

 さらに、ここまで質点について考えてきたこの話は剛体についてまで拡張することができます。(1)式の運動方程式のときも、力が2つ以上だったり2つ以上の質点が同じ加速度で移動したりする場合には、すべての運動方程式の外力や質量をそのまま足すことができました。これと同じように考えて、(3)式の回転の運動方程式も2つ以上の質点が同じ角速度で回転する場合には I をそのまま足して良いと言えます。剛体の回転運動は沢山の質点が同じ角速度で回転しているものと捉えることができますから、例題のように微小部分について足し合わせることで剛体の慣性モーメントは求められますね。
 では、剛体の慣性モーメントを一般的な形で表してみましょう。剛体の密度を ρ とすると、微小体積 ∆r の質量は ρ∆r .これが回転軸から距離 r だけ離れていたとすれば、その微小体積が持つ慣性モーメントは と表せますから、これをその剛体全体について足し合わせて、


となります(A級紙第4回で扱ったことを用いました)。
 さて、この見かけこそ違う式を用いて例題の問Ⅲ(1)で考えた慣性モーメントを計算してみると、

(ⅰ) 点Oで固定した場合



(ⅱ) で固定した場合



となり、確かに例題で解いたときと一致します。この定式化を用いると、棒に限らず円柱や球など、様々な形をした剛体の慣性モーメントが求められ、その回転運動の様子を計算することができるのです。

 以上の話は、本来であればベクトルや体積分を使ってもっとしっかり議論すべきことであり、わかる人からすれば実はツッコミどころ満載で、なかなか強引な展開になっています(その強引さを見つけ、理由まで突き止められたとすれば、物理についてかなり理解していると言えると思います)。ただ、ベクトルの外積やら積分やらといった見慣れない道具を使って真新しいものを議論していくのは受験生にはなかなか敷居の高いことですし、ここでは何より皆さんの興味・教養を深められればという目的がメインですので、雰囲気だけでも掴んでもらえるよう今回はこのくらいに収めました。数学的にもっとしっかりやりたいと言う人は、嫌でも大学1年生でやることになりますのでそれまで楽しみにしていてください。
 また、今回は慣性モーメントがどのようにして出てくるのかをメインに解説しました。実際にこれを導入することでどういった問題が解けるようになるのかが気になるところでしょうが、そういう人はそれこそ改めて東大物理1985年第4問にトライしてみてください。ここまでの話を理解し切れていなくても、回転運動のエネルギーが であることと、角運動量 Iω が保存することさえ認められたあなたならばもう解けるはずです。それではまた次回。

2013/09/13 石橋雄毅

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