特集ブログ

駿台文庫『最高峰の数学へチャレンジ [考えるたのしみ71題]』

 東京大学を目指すからと言って、ただ闇雲に難しい問題集に手を出すのではいけません。東大と言えど、大事なのはまず基本から――なんてもう耳にタコができるフレーズかもしれませんが、そんな手を出してはいけない問題集の筆頭株が本書『最高峰の数学へチャレンジ』。…
 東京大学を目指すからと言って、ただ闇雲に難しい問題集に手を出すのではいけません。東大と言えど、大事なのはまず基本から――なんてもう耳にタコができるフレーズかもしれませんが、そんな手を出してはいけない問題集の筆頭株が本書『最高峰の数学へチャレンジ』。

 別に、この本を貶したいわけではありません。むしろ、掲載されている問題はかなり面白いものばかり。扱われている問題の内容で特に気になるものをピックアップすると、

・単位円周上に有理点が無数に存在すること(=原始ピタゴラス数が無限に存在すること)の証明
・チェス盤上でナイトが盤面全体をくまなく移動できることの証明
・交通渋滞の数理モデル化
・フラクタル次元
・連分数展開
・テイラー展開
・Lpノルム
・容器内で氷結する水の盛り上がり
・リングと小球の2次元衝突
・ケプラー運動の解析

……などなど、とにかく話題は豊富だし、一問一問解き応えのある問題が並んでいます。

 解答・解説は別段丁寧という訳でもありませんが、まあ標準程度と言ったところで、本書に手が出るほどの数学力がある人なら気になることは無いでしょう。それより何より問題について見識をグッと深めてくれる『研究』が楽しい。解答例とこの研究とで、解答冊子が丁度半々くらいを占めているのではないかというくらいこってり書かれています。

 このように、数学ができる人にはとても楽しい要素の詰まった参考書です。じっくり時間をかけて問題を解き切った時の達成感は何にも替え難いですし、問題の背景に迫る意味ではA級紙にも通ずるところがありますね。それがゆえに、受験期本書にかまけていると、他が確実に疎かになります。一昔前なら東大の後期試験数学対策として使えたかもしれませんが、2014年現在この本は受験参考書というより、もはや趣味の領域の本と言わざるを得ません。入試が終わったら買うくらいの気持ちで丁度良いレベルでしょう。もし高3生に薦めるとしたら、“数学が得意”くらいではまだ足りない。入試はもう余裕で、高3の時点で大学の勉強を普段からしているくらいの人に、受験数学の感覚を忘れないよう楽しんでもらう形になるでしょう。それを聞いた上でまだどうしても手を出したいというのなら、本書で遊ぶことを息抜きとすること。

 もうひとつ誤解の無いよう補足しておくと、本書の問題全部が大学受験の役に立たないというわけではありません。面白い題材でありながら、同時に東大入試前期試験で出題されてもおかしくなく、かつ合否を分け得るレベルになる問題も確かにあります。ただ、そうでない問題も一定数存在している以上、難易度の分からない状態で問題集を解き進めざるを得ない受験生にとっては扱いにくい、ということです。

 何より強調しておきたいのは、難しそうなものを見てみようと本書を店頭で手に取って、「こんなの解けないから自分には東大なんて絶対無理だ」なんて思ってしまわないで欲しいということです。平均的な東大生にとっても本書一冊は十分過ぎるほど難しいんです。今志望大学を決める段階なら、「東大」という存在を本書を見ただけで突っぱねてしまうのではなくて、もう少しよく検討してみましょうよ。大学受験なんてせっかくの機会なんですからね。また受験勉強の真っただ中なら、遥か上位の層の人間達のことなんて考えている場合ではありません。ボーダーラインにひしめく自分のライバル達に勝つために、自分の身の丈に合ったことをコツコツとおやりなさい。いつだって上を見たらキリがないものです。



2014/04/25 石橋雄毅

list page 

ソーシャルボタン

公式Twitterアカウント