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東京出版『数学を決める論証力』

 今回は『大学への数学』(以下、大数)の東京出版から2001年に刊行され、今もなお受験生達に現役で使われ続けている名著『数学を決める論証力』をご紹介。
 大数関連の書籍は『マ…
 今回は『大学への数学』(以下、大数)の東京出版から2001年に刊行され、今もなお受験生達に現役で使われ続けている名著『数学を決める論証力』をご紹介。
 大数関連の書籍は『マスター・オブ・整数』『マスター・オブ・場合の数』などをはじめ、なかなか他では見ないような切り口で高校数学を語った参考書に定評がありますが、本書もタイトルの通り“論証力”をテーマとした一冊。実際、「記述式の試験で論証力が大事なのはわかるけど、それ用の対策ってどうしたらいいかわからない……」という需要を満たす参考書はこれ以外になかなか無いのが現状です。
 基本的に数ⅡBまでの文理共通範囲の話題を取り扱っているので、文系受験生はもちろんのこと数ⅠA程度を学んでいる高2生でも半分近くは読めます。

 本書は大きく分けて3部構成。「インフラアップ」と題された第1部では、“命題”や“背理法”、“数学的帰納法”といった教科書的な基本事項を学びます(「本書の利用法」によれば、“バレーボールの試合でプレーすることが最終目標だとすれば,第1部はバレーボールという競技のルールを知るという程度でしかありません”)。この部の中でさらに「論理用語の確認」「いろいろな論法」という2つのセクションに分かれていて、それぞれ末尾に関連した問題を1ページ分(約10問)収録。実際は教科書的と言いながら、各項目に対する説明は並の学校の授業以上に深いマインドが込められた有用なものが多いので、出来る人でも一通り説明を読むことは全然損にならないと思います。収録されている問題も、この時点で教科書の章末問題なんかより十分歯応えがありタメになるでしょうから、むしろ“出来るから飛ばして良い”というような性質のものではないと言えます。

 第2部は「論理の運用」。本書一番の骨になるところです。大数の雑誌に連載された記事をもとに作られた20講からなるこの章には、高校数学の論理の本質に関わる問題と解説がめいっぱいに凝縮されています(“バレーボールでいえば,サーブ,守備,攻撃というゲームでの一連のチームプレーにおいて論理がいわばセッターの役割をはたすことを実感してもらいます”)。東大数学を意識するなら、トピックスだけを見れば「方程式と言いかえ」「逆手流と存在」「2変数関数」「場合分けと論理」辺りは真に理解できているかどうかで大きく差のつき得るところになるでしょうし、他も一つでもよく分からないところを残しておくと、数学を得点源にするのはなかなか厳しくなってくると思います。

 締めの第3部「論証力が試される入試問題」では、第2部までより“本質”からは外れるものの、大学入試を考える上では身に着けると強力な武器になる“技”についてまとめられています(“バレーボールでいえば,ジャンピングサーブ,クイック攻撃などの特殊な技術を身につけてもらうための第3部です”)。ここもまた講義編:「論証問題のための手筋集」と演習編:「技をみがくための演習題」の2つのセクションに分かれており、講義編で学ぶ8つの“手筋”「背理法のコツ」「条件の調節」「極端な場合を考えよ」「条件を視覚化せよ」「部屋割り論法」「中間値の定理」「不変量で区別せよ」「推理,ゲーム」を後半の演習題で実際に使ってみる、という流れになっています。ここまで来ると、どちらかと言えば京大でたまに出てくる論証題対策向きの色が濃いように感じますが、部屋割り論法や不変量への着目などは比較的最近の東大数学にも効いてくるところです。第2部まででも十分力になるので、余力があるなら手を伸ばしてみるくらいのつもりで良いでしょう。ただ何より、数学好きなら純粋に解いていて楽しい所ですよね。

 本書の有用な点を他に一つ挙げておくと、さすが論証をテーマに据えた本だけあって、実際の入試で答案に書いたら減点必至の“危ない”記述について他書よりもしっかり書いてある所でしょう。「よくわからないけど闇雲に式変形をしていたら答えが出ちゃった」「スッキリしないけど何とかうまく誤魔化したつもり」といった答案の穴は、採点者には「数学のこと、あんまりちゃんと分かってないんだなあ」とアッサリ見抜かれてしまうものです。本書に示された思考の過程や誤答例をもとに、同値な議論の何たるか、何が危なくて何が安全なのかということについて、より理解を深めることが本書を使う上での大きな目標となります。

 大数系列の本である宿命でもあるのですが、詳細な議論・検討や詰まり気味の体裁、一方で簡潔かつスマートな展開に、少々うんざりしてしまう人も少なからずいる事でしょう。数学が苦手なだけなら十分何とかなりますが、数学嫌いとなると敷居は格段に上がります。
 また、本書のコンセプト自体が“かゆいところに手が届く”的なものなので、特に時間の足りない、基本もまだ全然固まっていない受験生には、論証力云々の前にやることが他に無いか一度胸に手を当てて考えてみてから手を伸ばしてほしいところです。標準的な問題集がある程度十分板についてきたくらいの人になら、無難に薦めることができるでしょうか。それよりむしろ、最初にも述べた通り高2生にも半分程度読める本なので、受験生になる前のもっと早い段階から触れておく分には、その後の数学の授業がより豊かなものになるであろう一冊だと考えます。



2014/08/08 石橋雄毅

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