さて、第7回になりました。今回は、第6回で扱った大問の続きです。第6回は2011年度第1問の「文1」というセクションでしたが、今回は同じ大問の「文2」というセクションを扱います。
それでは、問題を見ていきましょう。
A
マウスの精子の運動活性が低い実験条件では、AMP濃度が最も高くなる理由を答える問題です。
まず、そもそもAMPはどのようにしてできるのでしょうか?問題文によれば、
2ADP → ATP + AMP …①
という反応によって産生されるようです。また、AMPが消費されるような反応は無いようです(少なくとも問題文には書いてありません)。ということは、①の反応が繰り返し行われて、AMP濃度が高くなったと考えられます。
では、なぜ①の反応が繰り返し行われる必要があるのでしょうか?問題文によれば、①の反応はATPを再生し、さらに消費するために行われるようです。
では、なぜATPをわざわざ再生する必要があるのでしょうか?呼吸によってATPを産生するのではだめなのでしょうか?精子の運動活性が低い実験条件を見ると、阻害剤を加えられているか、基質を加えられていないようです。ということは、呼吸によって正常にATPを産生することができなかった可能性がありますね。
以上のことを逆算してまとめると、
呼吸によるATP生産が正常に行われない→ATPが足りない→ATPを消費してできたADPを利用してATPを再生するしかない→結果としてAMPだけがどんどん産生されていく
ということになりそうですね。これを文章にまとめて、解答とします。
(解答例)
呼吸によるATP生産が正常に行われずATPが不足したため、生じたADPを消費してATPを再生する反応が促進された結果、AMPのみが消費されず蓄積したから。(67字)
B
実験結果から推測できることとして誤っているものをすべてえらぶ問題です。これは、選択肢をひとつずつ見ながら、消去法で判断していきましょう。
(1)精子の運動にはグルコースが気質として使われているので、実際の受精環境にはグルコースが存在している可能性がある。
実験①を見てみると、グルコースを基質として加えて、阻害剤はなにも加えていません。この条件だと、精子の運動活性は高いようです。ということは、グルコースが基質として使われて、ATP産生が行われ、精子の運動活性が高く保たれていると考えられますね。よって(1)は正しいです。
(2)精子の運動活性が低い条件ではATPを産生する必要がないので、ATP濃度は30分後でも低い。
「精子の運動活性が低いからATPを産生しない」のではなく、「ATPを産生できないから精子の運動活性が低い」のです。因果関係がおかしい文です。よってこの選択肢は誤りです。
この選択肢が誤っていることは、Aの考察からもわかります。ATPを産生する必要があったから、ATPの再生反応が促進されて、結果AMPが多量に蓄積していたのでした。ということは、ATPを産生する必要がない、というのはおかしいですね。
(3)精子の運動活性が高い場合でも精子の運動に使われるATPの量は非常に少ないので、ATP濃度は30分後でも維持されている。
「使われるATPの量が少ないからATP濃度が維持されている」のではなく、「使われるATPの量は非常に多いので、ATP産生が活発に行われる結果、ATP濃度が高く維持されている」んですね。使われるATPの量が少なくて済むのなら、なぜ精子の運動活性が低い実験条件ではATPの再生反応が促進されるのでしょうか?これも、Aで考察したことと矛盾しますね。よって誤りです。
(4)ミトコンドリアの代謝がはたらかなくても、解糖系のみで充分、精子の運動活性が維持される。
実験②を見ると、グルコースと阻害剤Xを加えたときは精子の運動活性が高いことがわかります。阻害剤Xはミトコンドリアでの代謝を阻害する阻害剤です。この阻害剤Xを加えたにも関わらず、精子の運動活性が高く維持されているということは、ミトコンドリアでの代謝は精子の運動活性にあまり影響しないことになります。
では精子の運動活性の維持に重要なのはなんでしょうか?実験②では、解糖系の阻害剤は加えておらず、精子の運動活性は高いです。逆に、実験②と同じくグルコースを基質に加えていて、かつ解答系の阻害剤である阻害剤Yを加えている実験③では、精子の運動活性が低くなっています。ということは、精子の運動活性の維持に必要なのは解糖系であり、ミトコンドリアでの代謝が阻害されていても解糖系が働いていればそれで充分である、と言えます。よって(4)は正しいです。
(5)ピルビン酸が与えられても、解糖系がはたらいていないと、精子の運動活性は低いので、精子の運動には解糖系が大きく寄与している。
実験⑤を見てみます。ピルビン酸と阻害剤Yが与えられています。ピルビン酸はミトコンドリアでの代謝の基質であり、また阻害剤Yは解糖系を阻害するものなので、この実験条件ではミトコンドリアでの代謝は正常に行われているはずです。にも関わらず精子の運動活性が低いのは、解糖系が阻害されているから、と考えられますね。つまり、選択肢の通り、解糖系が精子の運動に大きく寄与していると推測できます。よって正しいです。
(解答)
(2)、(3)
C
実験4で、阻害剤Xを加えると精子の運動活性が低下する、とあります。ということは、ウニの精子において、運動活性にはミトコンドリアでの代謝が関わっていることがわかります。まず、グルコースはミトコンドリアでの代謝の基質ではないので、(1)は間違いです。また、グルコースと同じ単糖類であるフルクトースも間違いです。さらに、窒素を含む老廃物の量は増加していなかったことから、タンパク質やアミノ酸が代謝されたわけではないことがわかります。(タンパク質やアミノ酸は窒素を含むため、これらが代謝されると窒素を含む老廃物がでますね)
よって、残った選択肢である(5)脂質が正解です。
(解答)
(5)
D
Bの選択肢(1)で、哺乳類においては、グルコースが精子の運動に使われること、受精環境にはグルコースが存在している可能性があることがわかります。また、問題文には「鞭毛内の細胞質基質に存在する解糖系で生産されるATPが主に用いられる場合には、解糖系の基質が、精子の細胞外から鞭毛全体に十分に供給される仕組みが必要となる」とあります。このことから、哺乳類においては、受精環境にグルコースが存在していて、それが精子の外から鞭毛全体に供給されて解糖系で代謝され、産生されたATPが精子の運動に使われる、と考えられます。
一方、ウニはどうでしょうか。Cで実験4に関する考察を行いました。ウニの精子では、運動活性はミトコンドリアでの代謝が関わっていること、代謝の基質に脂質を使っていることが分かりました(成分Zが減少していた、ということは、Zを使って精子が運動していたことになりますよね)。また、問題文には「ミトコンドリアにおける代謝(クエン酸回路と電子伝達系)により生産されるATPが主に用いられる場合には、ATPを鞭毛の先端まで十分量供給する仕組みが必要となる」とあります。つまり、細胞中の脂質がミトコンドリアで代謝され、産生されたATPが鞭毛全体に供給されて精子の運動に使われる、と考えられます。
では、なぜ哺乳類とウニでは精子の運動活性に関する機構が異なるのでしょうか?それは、受精方法の違いによります。哺乳類は、体内受精をしますよね。つまり、受精環境は雌の体内ということになります。グルコースがあってもおかしくないですね。解糖系の基質が細胞外から供給されるのです。一方、ウニは体外受精です。つまり、受精環境は海水中ということになります。海水は、様々な無機塩類が溶けていますが、要するにただの塩水です。ということは、細胞外から代謝基質が供給されることは期待できませんね。よって、細胞内の成分を代謝に用いらざるを得ない、ということになります。
(解答例)
哺乳類は体内受精を行うため、母体から代謝基質を受給できる一方、ウニは海水中で体外受精を行うため、細胞外から代謝基質を受給できないから。(67字)
E
骨格筋におけるATP供給の仕組みを思い出してみましょう。通常、骨格筋ではグルコースを代謝してATPを産生していますが、エネルギー消費量の大きい骨格筋において、呼吸だけではATP産生が間に合わないことがあります。その場合、クレアチンリン酸と呼ばれる物質からADPにリン酸が転移し、ATPが合成されるという機構によって、ATPが補給されます。これを知っていれば、この問題の答えはクレアチンリン酸であるとわかりますね。
(解答)
クレアチンリン酸
いかがでしたでしょうか?ここでも、やはり
問題文に書かれていることと実験結果の両方を考慮に入れて考えることの必要性を感じてもらえたのではないでしょうか。哺乳類とウニの精子が、それぞれどのようにして運動に必要なATPを得ているのか、なんて知識は、受験生の誰も知らないですよね
。「問題文の情報と実験結果を合わせて答えを導くなんてパズルみたいだ!」「教科書には載っていない知識を知ることができて楽しい!」と感じられるようになったら、東大生物マスターと呼べるかもしれませんね(笑)
(解答例まとめ)
A 呼吸によるATP生産が正常に行われずATPが不足したため、生じたADPを消費してATPを再生する反応が促進された結果、AMPのみが消費されず蓄積したから。(67字)
B (2)、(3)
C (5)
D 哺乳類は体内受精を行うため、母体から代謝基質を受給できる一方、ウニは海水中で体外受精を行うため、細胞外から代謝基質を受給できないから。(67字)
E クレアチンリン酸
2015/1/14 宮崎悠介