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特集ブログ ~自身の合格体験を吐き出すだけのブログでは不十分~

 東大生や東大卒業生が、自身の合格体験を基にアドバイスをしているブログや書籍は数多くある。もちろん、有益なものも多い。
 ただし、実際に生徒指導をしていると、自身の東大合格体験はあくまでも一例でしかないことに気づく。生徒を東大に受からせるには、学科知識、教材・模試・過去問の活用法、受験戦略、学習方法のすべてを見直し体系化する必要がある。

 情報が氾濫する時代だからこそ、自身の合格体験を吐き出すだけのブログでは不十分。自らが東大合格体験者でもあり、東大受験専門の塾・予備校の講師として毎年、生徒を東大合格に導いているメンバーのみが運営する『東大入試ドットコム』の特集ブログです。

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2015/04/17


前回に引き続き、今回も2015年の問題を取り上げましょう。イラストが提示される形式は2007年以来の出題です。イラスト問題と言えば、過去問を解いたことがある人は "花瓶を割っちゃったやつ” とか “UFOが飛んでるやつ” と聞けばすぐに「あの問題か!」と思い出せるのではないでしょうか。そのくらい印象的なイラストが出題されることが多い東大英作、2015年も例に洩れずなかなか印象的なイラストですね。

2007年以前は「下の絵に描かれた状況を自由に解釈し、英語で説明せよ」という問題文がイラストに付されていたのに対し、今回の問題文は「下の絵に描かれた状況を簡単に説明したうえで、それについてあなたが思ったことを述べよ」と、答案に求められることが増えています。イラストの状況を英語で説明すること自体はそれほど難しくはないでしょうが、この「思ったこと」を考えるのが少々難しいように思います。また、当たり前のことではありますが「問題文をよく読むこと」の重要性を改めて感じさせられます。「以前と同じイラスト問題だ!」と早とちりして、「思ったこと」を答案に入れ忘れてしまえば大幅な減点は避けられないでしょう。

ではイラストの状況をどう説明するか考えてみましょう。「思ったこと」を答案に含めねばならない分、イラスト自体は以前よりシンプルになった印象を受けます。以前は登場人物が2人以上いることが多かったですが今回は一人だけ。彼(男性?女性?どちらとも取れる気がしますが..)が鏡を見るとそこには嘲るような彼の姿が映っていて驚く…といったことを英語で書いてあげれば良さそうです。「〜して驚く」は重要語彙である "be surprised to do” を使いたいですね。

“鏡に映る人の姿が本当の姿が異なる” ということを丁寧に書こうとするとやや苦戦するかもしれません。とりあえずは簡単に、

be surprised to see the different face in the mirror.


ぐらいで纏めてしまい、あとから説明を書いて付け加えてもいいですね。


では問題の「思ったこと」はどんな内容が考えられるでしょうか?
まず私が第一に思ったのは、この絵は「自分が思っている自分の姿と、他人が考える自分の姿は異なる」という教訓を示唆しているのではないかということ。東大英作で問われそうな内容ですが、ミスなく英語できっちり書くのが難しいかもしれません。

全く別の方向性として「これは誰かのイタズラだと思う!」だとか「こんな幻影を見るなんて彼は疲れているはずだ!」だったり「これは人の真の姿を写す魔法の鏡に違いない!」なんて内容だったとしても良いのかもしれません。

では実際の東大生はどんなことを思ったのでしょうか?前回に引き続き今回も法学部のN君に答案を作ってもらいました!

■ N 君の答案


文法面では冠詞と三単元のs抜けがもったいないですね。ケアレスミスは必ず減点されてしまいますから、どんな時にも見直しを忘れずに。
1行目の “be surprised when he finds his face…" という箇所は誤りではありませんが、 “be surprised to see his face…” と to 不定詞の形で書いた方がシンプルかと思います。

However 以降の文では文中の nowadays と in recent years が重複しているように思えます。おそらく後者の in recent years は ”technologies in recent years” のまとまりで「最新技術」という意味で使っているのかと思いますが、そうであれば “the latest technologies” あるいは ”technologies of recent years” と書くべきでしょう。

内容的には予想外の方向性でしたが興味深い答案でした。確かにこの答案の通り最新の技術を使えば鏡の枠縁に小さなカメラを付けて、その映像を瞬時に処理して鏡面に見せかけた液晶ディスプレイ(LCD: Liquid Crystal Display)に映し出す…そんなことも出来そうな気がします。(細かいことですが液晶ディスプレイは LCD display ではなく、LCD か LC display と表現すべきですね。)

ただし答案中の “simultaneously moving mirror” という表現、確かに 「映し出すものが勝手に動く鏡」のことを言いたいのだとは良く分かるのですが、文字通りに取ると「(鏡自体が)勝手に動き回る鏡」という意味になってしまいます。

答案の方向性は非常に面白いのですが、それを英語で表現しきれていないと感じます。「答案で書きたいこと」と「英語で書けること」のバランスを上手く取らなければ、どれほど良い内容の英文だとしても高い得点は期待できません。まずは「英語で書ける内容」を前提とし、文法面で減点されない答案を目指した方が得策かもしれませんね。

以上を踏まえてN君の答案をブラッシュアップしてみました!

A boy is really surprised to see his face in the mirror because his face in the mirror moves spontaneously though he doesn’t move. He should think this mirror as a magical mirror.
However, I think it is possible for us to make such mirror using a minimum camera, micro computer and liquid crystal display. It must be fun to make such mirror and make fun of our friends.


その他の解答例

When a boy looks into the hand mirror, he is really shocked to see a different face in the mirror, who is sticking out his tongue and teasing him.
I think this may be the mischief by his friends. They may paint his face accurately and put it on his mirror. They must be hiding around him and enjoy looking him surprised.

2015/4/17 大澤英輝

2015/03/20


今回取り上げるのは2015年度の問題。試験を受けてきた方々、お疲れ様でした。後期試験の合格発表も3日後に迫り、いよいよ今年の東大入試も終わりですね。今年の東大英語と言えば、やはりマークシートが導入されたのが一つのニュースでしょうか。とは言えマークシートが導入されたところで受験生の負担はほとんど変わらないでしょうし、大した変化ではないというのが実感でしょうか。

英作文はどんな形式で出題されたかを見てみると、2-Aはイラストの状況説明でした。この形式は2007年度以来の出題です。毎年様々な形式で出題される東大英作文ですが、過去出題されたものと同じような形式が再び出題されたことになり、過去問演習の重要性を改めて感じます。一方、今回取り上げる2-Bは昨年度に引き続き、与えられた英語の格言について思うところを述べる形式でした。A, Bともに指示語数は60〜80語と比較的多めで、時間配分に苦労した受験生も多かったのではないでしょうか。

詳しく問題を見てみましょう。 “Look before you leap.” と “He who hesitates is lost.” という2つのことわざが与えられています。問題文で、

① 2つのことわざがどのように相反するか
② 自分にとってどちらが良い助言か
③ その理由

の3つを盛り込むように指示されています。指示どおりに書いていけば60語は悠に超えるでしょうし、文章の構成をあれこれ考える必要が無いのは嬉しいですね。

与えられたことわざの意味を考えてみましょう。勿論もともとことわざの意味を知っていれば楽でしょうが、知らなかったとしても直訳でも十分対応可能です。前者の訳は「跳ぶ前に良く見よ」、後者は「躊躇う人は失敗する」といったところでしょうか。また問題文に書かれている前提として2つは “相反する” 意味を持つこともヒントになります。日本語のことわざにはそれぞれ「転ばぬ先の杖(石橋を叩いて渡る)」、「善は急げ」に相当しそうですね。”行動を起こす前にじっくりと考えるかどうか"、という2つのことわざの意味の違いを丁寧に説明することができれば問題文の指示①はクリアー出来るでしょう。

指示②、③に関してはあくまでも「自分にとって」の話ですから、どんな内容であれ論理的に問題がなければバツにはなりません。このような「自分にとって」の答案を書く際にオススメしたいのが “自分の体験談” を書くこと。自分の意見に対して抽象的な理由をあれこれ並べるよりも、具体的な体験談を書くことの方が英語としても書きやすいですし、強固な理由付けとなります。もちろん体験談は適当な作り話でも構いません。

では実際の東大生の答案を見てみましょう!今回は法学部のN君に答案を作ってもらいました!

■ N 君の答案


まず文法的面を見てみると、2行目の later は latter の誤りですね。later, latter ともに late の比較級ですが、later は "時間がより遅いこと” 、latter は "順番がより遅いこと” を意味します。「前者、後者」という意味で使う際には "the former”, “the latter” のように “the” を忘れずに。
5行目の "seem to be too busy” の箇所は、to be を省略可能です。seem C と seem to be C は、前者が「(主観的に見て)C のように見える」、後者が「(主観的事実に基づいて)C のように見える」という意味で使われる場合が多く、今回は前者の方がベターでしょう。

内容面を見ていきましょう。問題文に「内容の相反することわざ...」という文言があるので最初の “These two sayings are opposite.” の文は必ずしも必要でないかと思います。問題文の指示①については大きな問題は無いでしょう。ただ、指示③、つまり何故自分にとってそのことわざが適しているかの部分がもう少し改善出来そうです。
「いつも忙しくしているから多くのチャンスを逃している。だから十分な時間を持つことは重要だ」といった内容ですが、”行動を起こす前にあまり考えない” ことと “忙しい” ことには必ずしも因果関係が無いように思えます。同じような内容で書くのであれば、例えば以下のような流れはどうでしょうか?これにも ”自分の経験” を盛り込んでみました。

普段の自分は “He who hesitates is lost"

友達から依頼された事は深く考えずに何でも引き受けてしまう。

その結果多くのことを抱えて忙しくなり、終わらなくなってしまう。

“Look before you leap.”に従い、引き受ける前に自分が出来るかどうかを熟考すべき。



以上の流れでN君の答案をブラッシュアップしてみました!

The first proverb recommends us to think carefully before we do something, while the second proverb tells us to act quickly, otherwise we’ll fail.
I think the first one is suitable for me.
When my friends ask me to do some tasks, I always undertake them without thinking carefully. As a result, I’m always busy in working. Sometimes I fail to complete them because of lack of time. So I should think carefully before I undertake somebody’s requests.


その他の解答例

The former saying recommends you to take time to think before you do something. The latter tells us that making a quick decision is much better idea.
For me, the second proverb is the better advice.
I often miss my opportunities because I take too much time. For example, when I was shopping at the clothing store I found a nice jacket. While thinking whether I should buy it or not, someone came and bought it! It was the last one and I failed to get it.

2015/3/20 大澤英輝

2015/02/13
東大世界史といえば、論述問題が特徴的です。特に第1問の大論述は最大600字の文章を書くことが要求されます。私自身も高校2年生のときに赤本を手に取って、初めて問題を目にしたときは呆然としたのを覚えています。

どうすれば、東大の世界史の論述問題に対応できるようになるのでしょうか。「まずはセンターレベルの知識を固めて、あとは論述で要求される俯瞰的な流れをつかむために教科書を読む」、というのが王道と言えるかもしれません。しかし東大世界史の問題を解けるようになるためには、実際の過去問かそれに準ずる問題を解くのが近道です。今までにもさまざまな論述問題集を目にしてきましたが、一橋や筑波といった、論述を課される大学全体を対象にしたものがほとんどでした。

今回紹介する本は、東大世界史のみに焦点を当てた論述問題集です。東大志望者が利用しない手はないでしょう。

本書の第一の特徴は、東大世界史の今までの問題形式、要求字数、出題範囲などがひとつにまとめられているところです。約7ページにわたり1989~2012まで24年分の出題範囲や時代がまとめられています。世界史は覚える範囲が広く、必然的に勉強の負担も増えてしまいます。全範囲をくまなくマスターすることが基本ですが、それが済んだ後、最後にはこれを活用し、ヤマを張って勉強するのもいいでしょう。

第二の特徴は、テーマ別に大論述と小論述の問題がまとめられているところです。本書によれば、東大世界史の論述は、経済史、国家論、異文化間の交流、特定地域の通史の4つのテーマにわけられるようです。私自身、受験生の時に過去問は10年分以上解き、テーマがいくつかに分類される、という感覚はなんとなくつかんでいたのですが、本書はそれを整理するのに非常に役に立つと思います。小論述はもちろんですが、特に大論述の対策に苦労している人は活用してみるとよいのではないでしょうか。日頃どのような意識で勉強すればよいのか、という勉強の指針を立てるうえで非常に有効です。

第三の特徴は加点ポイントと採点基準が明確にされているところです。これにより自分でも学習が進められます。東大世界史の論述の採点方法は、印象採点などと言われており、その実態がいまいちつかめていないのが現状です。そのため、東大模試などの採点方法を頼りにするか、他人に添削してもらうか、くらいしか効率的な勉強方法がありませんでした。しかし本書ではなにを書けば加点されるのか、採点対象になるのかが明記されていて、独力で勉強することが可能です。また加点対象になる部分について、解説が細かく書かれているので、それを読むだけでもよい復習になるでしょう。

私自身、受験生時代に本書の著者である渡辺先生と茂木先生の授業を受けたことがあります。お二方とも授業がわかりやすいというのはもちろんですが、当時渡辺先生が採点した再現答案の得点と開示された実際の得点との誤差は、平均して2点ほどだったとのことです。そういう意味ではこの本に書かれている加点ポイント、採点基準は大きな目安になり、それこそが本書を活用する上で最大のメリットと言えるでしょう。

皆さんの健闘を祈ります。



2015/02/13 武井靖弥

2015/01/30


今回取り上げる2014年は前年の2013年度と同じく、与えられた写真の中での二人の会話を想像して書きなさいというもの。何かの命題に対しての賛否を問われるような自由英作文よりも比較的取り組み易い問題形式ではないでしょうか。発言回数にも制限はなく、短い会話を繰り返しても良いですし、一人の発言が長くてもOKです。

問題の写真を見てみると、自動販売機の前に佇む二人と一匹の犬…犬の散歩中なのでしょうか??普段の生活の中でも目にしそうなありふれた光景です。男性の方は顎に手を当てて何か悩んでいる様子ですが、女性は自販機を見ていること以外にはこれといった特徴はありません。犬はそっぽを向いて座っているだけですね。

2013年度の問題では女性が何かを指差し、男性は耳に手をあてているという ”意味有り気” な写真が出題され、自由英作文と言えど書くことの出来る内容はほとんど決まっているようなものでした。それに比べて今回の写真は自由度が高く、会話の内容を考えるのに苦労するかもしれません。

X: 喉が乾いたな〜 どのジュースを飲もうかな〜??
Y: 今日は暑いし、このスポーツドリンクなんて良いんじゃない?
X: スポーツドリンクもいいけどやっぱりコーラが飲みたいな!
Y: コーラもいいわね!ちょっと頂戴!
X: …

なんて感じの、どこかのカップルの他愛のない会話ぐらいなら誰でも書けそうですが、問題は ”犬” をどうするかです。
写真の登場人物が二人だけであれば上記のような会話で十分かと思いますが、写真に “犬” が写っている以上、やはり彼を会話の中で登場させるべきでしょう。如何にこの犬を会話で取り上げるかが受験生の苦戦するポイントでしょうか。

とは言え、あくまでもこの写真の主役は二人の男女であり、犬についてはサラッと触れるだけでも良いでしょう。犬を絡めて何を書くか時間をかけてあれこれ考えるくらいなら、シンプルに短時間で書くべきです。

X: すごく暑い中で散歩から疲れたし、喉も乾いたなー。犬もヘトヘトみたいだね。

ぐらいだったとしても、「答案中で犬に触れている」というポイントは満たしている訳ですし十分でしょう。

ちなみに大手予備校各社が出している模範解答の中にはこの犬を話題の中心に据えたものもあり、この犬が自動販売機の横でいつも主人の帰りを待っている...と、ハチ公をモチーフにしたものでした。他にも写真の二人が未来人で、過去の遺物である自動販売機について話している...といった答案も。その発想力には脱帽ですが、限られた時間の中の勝負である入試本番では無難に答案を仕上げるのも1つの戦略です。

では実際の東大生の答案を見てみましょう!今回は以前も登場してくれた I 君に答案作成を依頼しました。
理学部に在学中の THE 理系の I 君、英語はそれほど得意ではないそうですが、どんな英作文を書いてくれたのでしょうか?

■ I君の答案


一読して指摘出来るのは “犬” に触れていない点。確かに生徒指導をする中でも同様の答案をしばしば目にします。会話の中で犬を取り上げるのが難しくてあえて触れなかったのか、それとも犬の存在そのものに気付いていなかったのか、その理由は定かではありませんが、写真に写っている ”ある要素” に触れている答案と、そうではない答案を比較すればどちらが質の高い答案かは一目瞭然です。

シンプルな答案を書くことは1つの戦略ですが、少なくとも写真に写る要素は全て網羅していなければいけません。与えられた写真の中の重要な要素は何なのか、すなわち答案で触れるべきポイントは何なのかは書き始める前に確認しておくべきでしょう。

文法的な点で言えば、

Do you think so, either?

の either は too にしなければいけません。too と either の区別といえば too は肯定文、either は否定文、と覚えている人も多いのではないでしょうか。これが疑問文だとどうなるかが問題になっている訳ですが、疑問文(Won't you...? や Why don't you...? 等の否定疑問文を含む)では too を使います。混同しないように注意です。

その他細かい部分を指摘すると、juice は英語では果汁100%のジュースを指すため、ここでは something to drink ぐらいの方が適しているでしょう。

以上を踏まえて I 君の答案をブラッシュアップしてみました!

X: Hey, what are you doing?
Y: Hi, I'm walking my dog and just thinking to buy something to drink for my kids. What kind of drinks do you think elementary school students like?
X: Hmm... I think most children like orange juice, so you had better buy one.
Y: Oh, I'm thinking about the same thing. I'm relieved to hear that. Thank you for your opinion.

・walk a dog = take a dog for a walk … 犬の散歩をする
・had better do 〜 … do した方が良い
・be relieved … 安心する

その他の解答例

Y: What do you want to drink?
X: I like orange juice but it is sold out, so I’ll buy an apple juice instead. Why don’t you buy the same one?
Y: No, I’ll buy water.
X: Water? I think you like something sweet.
Y: Yes I like apple juice, but it’s not for me, it’s for my dog.
X: Oh, I see.

2015/1/30 大澤英輝

2015/01/23
 受験数学の参考書は、教科書的な単元で問題を分類して解説していることが殆どです。しかしながら、東大入試レベルの数学で問われるのが“単元ごとの達成度”なんて程度の低いものではなく、それらを有機的に結び付けて自在に駆使するに足る“高校数学の本質的な理解度”だというのは東大入試を見れば明らか――アドミッション・ポリシーにも「数学的に思考する力」「数学的に表現する力」「総合的な数学力」と明記されています。ここに重点を置いて執筆されたのが本書『入試数学の掌握』。入試数学を“単元”ではなく“テーマ”別にまとめあげた大著です。本書は全 3 巻・計 8 つの章からなりますが(2015 年 1 月現在)、以下のタイトルを一通り見るだけでも他の問題集との違いが伺えるでしょう。

Theme 1 全称命題の扱い・・
Theme 2 存在命題の扱い・・
Theme 3 通過領域の極意・・
Theme 4 論証武器の選択・・
Theme 5 一意性の示し方・・
Theme 6 解析武器の選択・・
Theme 7 ものさしの定め方
Theme 8 誘導の意義を考える



 各 Theme には 4~11 問の例題が用意されていて、各問をそれぞれ 1 節丸々使って解説、節の最後に『CHECK!』という形で類題を配置――というのが基本スタイル。この例題の解説が尋常でなく濃厚で、問題の考え方から考え方の原則、数学が得意な人が問題を解決に導くまでの思考の過程についてまでが、1 問につき 5~10 ページ前後、長い時には 20 ページを超えるレベルで展開されます。著者の近藤至德先生は東大理Ⅲと京大医学部のどちらにも合格したことがあるという稀有な経歴の持ち主で、鉄緑会での指導経験をもとに書かれた内容が懇切丁寧なのも相まって、この解説には高校数学への立ち向かい方が比類のないほどよくまとめられていると言えます。
 しかしながら、本書は“東大理Ⅲ・京大医学部・阪大医学部”を目指す受験生が、入試で数学を“武器にする”レベルにまで達することを目標として書かれた本であるため、内容は超高級。『本書の利用法』には「君がある程度の演習を積み、そこそこの定型問題が解けるようになっていないのならば、この本はそっと本棚に戻してください(笑)」と書いてありますが、東大を目指すレベルで“数学が得意”な人でも、この本をマスターする必要性は“余力があったら”程度でしょう。
 ただしこれは“マスターする”必要性であって、本書は部分的に“かじる”使い方でも十分有用であると思います。特に、ある場面に直面した時にまず思い浮かべるべき選択肢をまとめた〈鉄則〉。例えば 1 巻 77 ページから大枠だけ抜粋すると、

〈鉄則〉 ―離散変数の最大・最小―
 離散変数(整数変数)関数 の最大・最小問題は,
① ……
② ……
のいずれかに従うのが基本であるが, が常に正という保証があるならば,
③ ……
というのが利口な手段。


といった感じで、考えるべき候補が分かりやすく、かつ内容的にもかなり的を射たスマートな形で並べられています。これを一通り見て理解できるものを覚えてしまうことは、自身の数学力向上に一役も二役も買うことでしょう。勿論、その原理はどういうことなのかとか、問題を解く上でどのように運用するものなのかといった、“普通の問題集に載っているようなこと”は知っているものとして書かれているので、最低限の学習を終えている必要はあります。一通り手の動かし方を学んだ後で、それを体系的に整理するための参考という形での利用法と思ってください。

 各巻の巻末には付録として、1 巻・3 巻には『足腰の鍛錬のために』と称された基本事項の根幹のお話が、2 巻には『東京大学理系前期模擬演習用解答用紙』が設けられています。前者は基本事項とは言うものの、“必要条件・十分条件”や“正射影ベクトルの活用”、“有名不等式の役割”など、どれも高校生がよく理解に苦しむ、ツボを押さえたラインナップになっていて(数学を教えたことがある人ならよくわかることでしょう!)、主にそれらのイメージを養うためのお話が見開き 1 ページに丁寧に書かれたものです。後者は、まあ当サイトにも用意があるんですけど……………………毎回コンビニでA3コピーする前提なら良いかもしれませんね!(これが精一杯)


 改めてこの本をどんな人に薦めるかですが、まずは当然東大理Ⅲ・京医・阪医受験生で数学を武器にしたいと言えるレベルの人。標準的な演習を終えた後適当な難問集に手をつけるよりは、本書の方が頭の中を整理するのに役立つと思います。また、数学の学習を一通り終えてなおそのレベルに達していなかったとしても、自分の手に負える箇所・負えない箇所を正しく見極められる自己分析力に自信のある人。“せっかく買ったんだから全部マスターしなきゃ勿体ない!”なんてケチなことを言っているようでは間違いなく、本書のあまりの難しさに溺れることになるでしょう。だったら買わない方がマシです。書店で立ち読みしてみて、部分的に使えるところを拾って身につけるだけでも値段に見合った価値を見出せると感じられるようであれば、“買い”なのではないでしょうか。

 ちなみに著者の近藤先生は、本格的に医師になるための準備を始めるため今では受験業界から足を洗っており、本書は引退の記念にと残されたものです。つまり、先生が他の入試数学参考書を出すことはおそらくもう二度とありません。また、本書は入試数学界のトップレベル講師から高く評価されている一方でエール出版社からの本なので、版を重ねて何年も受け継がれるような性質のものにもおそらくなりません。本書がまだ書店に並んでいるうちに入試数学の高みに足を踏み入れられた人・踏み入れようとする人は、どうかそのチャンスを棒に振ってしまわれぬよう。



2015/1/23 石橋雄毅

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