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特集ブログ ~自身の合格体験を吐き出すだけのブログでは不十分~

 東大生や東大卒業生が、自身の合格体験を基にアドバイスをしているブログや書籍は数多くある。もちろん、有益なものも多い。
 ただし、実際に生徒指導をしていると、自身の東大合格体験はあくまでも一例でしかないことに気づく。生徒を東大に受からせるには、学科知識、教材・模試・過去問の活用法、受験戦略、学習方法のすべてを見直し体系化する必要がある。

 情報が氾濫する時代だからこそ、自身の合格体験を吐き出すだけのブログでは不十分。自らが東大合格体験者でもあり、東大受験専門の塾・予備校の講師として毎年、生徒を東大合格に導いているメンバーのみが運営する『東大入試ドットコム』の特集ブログです。

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2013/11/22
第11回 出典:東京大学前期 2010年 化学 第3問Ⅰ東京大学前期 2011年 化学 第3問Ⅰ

 皆さん、こんにちは。今回はかなり解答に立ち入った話をします。過去問演習をする予定の方は、東大化学2010年・2011年の問題を解いてからお読みになることをお薦めします。

 憶測でしかない話ゆえ、公の場で唱えられることのあまり無い説ですが、東大入試の作問者はおよそ2年ごとに変わっているのではないかと言われることがあります。絵画を見れば誰が描いたか分かる人もいるし、文章を読んだだけで作家が分かる人もいる――それと同じように、東大入試も2年ごとに問題の持つ“ニオイ”が変わっているような気がするのです。顕著なのは例えば2006年と2007年の物理第1問・第2問。A級紙第2回で、自分は東大入試が問題文で遊んでいると述べましたが、どちらかと言えばシミュレーションに近い設定での出題が多い物理は例年それほど遊んでおらず、問題文は毎回解答の際に必要な状況説明のみに終始しているような印象でした。しかし2006年と2007年の物理の力学・電磁気学ではこれが一転、現実にかなり即していたりやれば簡単に実験できたりする現象からの出題で、問題文の遊び具合も

 太陽系以外で,恒星の周りを公転する惑星が初めて発見されたのは1995年である。以来,すでに150個以上の太陽系外惑星が発見されている。この太陽系外惑星の検出原理は,質量 M の恒星と質量 m の惑星 (M>m) が,互いの万有引力だけによってそれぞれ運動している場合を考えれば理解できる。

引用元:東大入試2006年物理


 真空放電による気体の発光を利用するネオンランプは,約80V以上の電圧をかけると放電し,電流が流れ点灯する。したがって,起電力が数Vの乾電池のみでネオンランプを点灯させることはできない。しかし,コイルおよびスイッチと組み合わせることにより,短時間ではあるがネオンランプを点灯させることができる。

引用元:東大入試2006年物理


 バイオリンの弦は弓でこすることにより振動する。弓を当てる力や動かす速さの影響を,図1-1(略)に示すモデルで考えてみよう。

引用元:東大入試2007年物理


 図2-1(a)(略)のように,導体でできた中空の円筒を鉛直に立て,その中に円柱形の磁石をN極が常に上になるようにしてそっと落したら,やがてある一定の速さで落下した。これは,磁石が円筒中を通過するとき,電磁誘導によりその周りの導体に電流が流れるためである。磁石の落下速度がどのように決まるかを理解するために,導体の円筒を,図2-1(b)(略)のように,等間隔で積み上げられたたくさんの閉じた導体リングで置き換えて考えてみる。

引用元:東大入試2007年物理


と絶好調。これは他の年度には無い特徴と言えます。
 また、2010年と2011年の化学第3問Ⅰではどちらも“果物の汁”がテーマとなりました。脈絡なく突然2年連続の果物の汁――ここに舞台裏を垣間見るなという方が難しい話でしょうが、それはともかくこの2題に関してはもっと注目すべき大事な共通点があります。今回は、やっぱり東大入試はよく出来ていると感じさせられるこの凄い共通点について、見ていきたいと思います。


 この2題の冒頭の段落をそれぞれ抜粋すると、

 ある植物の果汁に含まれる酸味成分として分子式 C4H6O5 をもつ化合物Aを得た。化合物Aの化学構造式を決定するために以下の実験を行った。

引用元:東大入試2010年化学


 みかんの皮は,昔から漢方薬や入浴剤として使われている。この果皮の成分として,炭素原子と水素原子だけからなる化合物Aが得られた。化合物Aは不斉炭素原子を有し,常温・常圧で無色透明の液体である。化合物Aの構造を決定するために以下のような実験を行った。

引用元:東大入試2011年化学


一見、またよく学びよく遊んでいる問題文だなあという印象を受ける出だしです。しかしまず驚くべきは、“実はたったこれだけの情報から、分かる人には化合物Aが分かってしまう”というところ。確かに後者は「みかんの皮」と話が具体的で、化学に通じた人ならもしかしたら分かってしまうのかも、と納得できるかもしれません。実際この問題の答えである“リモネン”はその道では有名な成分らしく(河合塾さんの東大オープンにも例として出てきたことがありました)、分かる人は「みかんの皮の成分」の時点でピンとくるそうです……いくらなんでもレベルが高過ぎると言わざるを得ませんが。しかし前者に至っては情報らしい情報が分子式くらいしかなく、こんな1行ちょっとの文章だけから何が分かるのかと言いたくなりますね。
 多くの東大受験生の御用達『化学Ⅰ・Ⅱの新研究』には「ヒドロキシ酸は、多くの果実中に含まれる爽快な酸味成分で、……」との記述があります。ヒドロキシ酸――カルボキシル基(-COOH)とヒドロキシ基(-OH)とを両方持つ有機化合物のことですが、しっかり勉強してきた人には“果物の酸味と言えばヒドロキシ酸”ということが分かるわけです。それを踏まえて分子式を見ると、何やら O の数が多いぞ? と気が付きますが、となるとまずは2価の酸を考えるのが妥当でしょう。この勘は直後の段落ですぐに裏付けられます。カルボキシル基2つ、ヒドロキシ基1つ、炭素数4の化合物……数を合わせてちょっと考えれば、リンゴ酸 HOOC-CH2-CH(OH)-COOH のハイ、できあがり。リンゴ酸程度だと覚えている人も決して少なくないでしょう。

 結局、後に続く実験内容は必要ないまま答えが出てしまう――しかし東大入試は勿論これで終わりません。後に待つ答えこそリンゴ酸とリモネンではありますが、途中の小問に答えるにはそういったマニアックな知識だけではダメで、高校の普通の学習内容と、それを基にじっくり考える力が必要となるのです。ただ、知識があれば先の見通しがグッとよくなるのもまた確か。このバランス感覚こそが、この2題を東大入試たらしめる重要な共通点だと思っています。ここで紹介した知識は普通の受験勉強を考えればマニアックに過ぎるのは間違いないでしょうが、そりゃあ大学に入る前からリモネンの構造式なんて知っているようなレベルの高い学生を、大学側が欲しくない訳はありません。でも、知識だけで考える力の無いような人間なら東大には要らない。そこまで考えて、書かなくても良い「果汁」「みかんの皮」をわざわざ印字したのだとしたら――非常によくできたふるいだと思いませんか。

 いずれにせよ、自分の好きな分野について詳しくなることが自分の身を有利にしてくれることには違いないようです。“芸は身を助ける”とはよく言ったものだというところでしょうか。さすがに高3となるとそれほどの余裕はないでしょうが、受験までまだ余裕のある方は是非今のうちに、興味ある分野に積極的に首を突っ込んでみてください。それではまた次回。

2013/11/22 石橋雄毅

2013/11/18

こんにちは、根本です。
今日は地理参考書の2回目、地理の論述に対応する力をつけるための参考書をご紹介します。




■論述の第一歩、「典型的なトピックをまとめる」
他の科目にも言えることですが、論述はまず「典型的なトピックについてきちんとまとめる力をつける」ところから始まります。その力をつけた上で、過去問を中心に演習を積んで行くと良いでしょう。

⑥『実力をつける地理100題』(Z会出版)
2分冊と思いきや、問題編と回答編だった…というくらい解答冊子が分厚い参考書です。
単答・論述問題織り交ぜながら地理の入試問題に対処するのに必要な知識・力を身につけられるよう、名前の通り100問、問題が並んでいます。
論述問題を解くのはもちろん、解答冊子に書かれている解説を自分なりにまとめるのも力になるでしょう。
ただ、文系私大にも対応できるようになっているため(特に地誌で)用語・地名を細かく聞いてくる傾向にあります。その部分を完璧に覚えようとはせず、論述部分に絞って学習しても良いと思います。


⑦宇野仙『大学入試地理B 論述問題が面白いほど解ける本』(中経出版)
センター対策の参考書に定評のある『面白いほど…』シリーズですが、地理論述編も出版されました。
地理論述の書き方を分かりやすく解説した上で、入試問題が単元ごとに分かれて紹介されています。
問題の解説に加え、論述の組み立て方が分かりやすく書かれていることがポイントです。
文章の読みやすさ、見やすさは安定感があります。電車の中などで読むのにも適した参考書です。


■仕上げは過去問、東大対策に絞った演習

⑧高橋和明『東大地理 問題演習』(東進ブックス)
東大地理に絞った問題集です。東大の過去問を中心に他大学の過去問も用いながら全部で121問、単元別に問題が紹介されています。
⑦と比べると全面白黒、解説がコンパクトすぎるなど取っ付きにくさがありますが、このコンパクトさが東大地理の論述答案で求められるもの。ある程度実力が付いてきたタイミングでの実践演習用に使えると良いでしょう。解答例に盛り込まれている情報量は圧巻です。


⑨年代雅夫『東大の地理25カ年』(教学社)
言わずと知れた、東大過去問を集めた問題集。⑥〜⑧の参考書でも東大の過去問は扱われていますが、25カ年分全てをカバーできているわけではありません(ただし、⑦⑧では過去問もかなり紹介されています)。
仕上げに過去問にあたって練習を積むにはやはりこの一冊でしょう。


以上で地理の参考書紹介は終わりです。
次回で地歴参考書の紹介も最終回、地歴参考書を選ぶにあたり考えておくべきポイントをご紹介します。

2013/11/18
 皆さん、こんにちは!近頃急に寒くなりましたね。気づけばセンター試験まで残すところ約2ヶ月、体調には十分に気をつけて勉強に励んでいきましょう。

 さて今回のプレゼンテーションのタイトルは"Doodlers, unite!"です。この"Doodlers" という単語はおそらく皆さんの多くには馴染みの薄い単語かと思います。詳しくはプレゼンテーション中でも説明されますが、"doodle"には"落書きをする"という意味があります。この落書きという行為には思わぬ効用があるようなので聞いてみましょう。
 5分以上の少し長めのプレゼンで、英文のスピードも普段と比べて少し速めです。話し手が用いるスライドもヒントにしながら問題を解いてみて下さいね!



⇒問題はこちら
2013/11/11
お久しぶりです、根本です。
今回から2回は地理の参考書について、扱っていきます。

地理の参考書は日本史、世界史と比べて少ない、と言われます。
書店でも日本史世界史と比べて地理の参考書が置かれている棚は狭いようにも感じます。
しかし、そんな中にも光る(?)参考書は存在します。そんな精鋭達をご紹介していきます。


■地理は短答+小論述
チレキ参考書第1部から5部に渡ってさんざん「東大地歴は論述だ!」という話をしてきましたが、地理に関してはそれが少し異なります。
問題を見ていただければ分かるのですが、東大地理は短答(記号選択含む)+30〜90(たまに120)字の論述、という問題構成になっています。日本史・世界史と比べると、論述×4や大論述といった「東大独自!」のインパクトは弱いかもしれません。
しかし一度問題を解いてみると、得点をきちんと取ることはそう簡単ではないことが分かります。

一言で言うと「制限字数が厳しい」のです。 例えば、30字制限の問題は冗長に書くとすぐに40~50字になってしまいます。そこを、内容を詰めながらグッとコンパクトにまとめる力。これが東大地理で求められる力と言えるでしょう。

まとめると、東大地理は「短答問題にきちんと答える」「コンパクトに論述する」ことがカギといえそうです。


■まずはセンター試験
短答問題といえばセンター試験(?)。ということで、対策もセンター地理対策から取りかかると良いでしょう。センター試験地理Bで90点が取れるレベルになるよう勉強をすすめていくことが第一ステップとなります。

まずはここに目標を絞り、参考書を紹介していきます。


■センター(&二次試験)入門書
以前は中経出版の『面白いほど…』シリーズが入門書としてはメインでしたが、近年他のシリーズもよく見かけるようになりました。

①瀬川聡『改訂版 センター試験地理Bの点数が面白いほど取れる本』(中経出版)
センター地理は理系学部志望生も受験します。このため、センター対策の参考書は分かりやすく概要をつかむことができるように作られています。この本はその代表格で、地形から産業まで、地理で押さえておくべき基本的なポイントを略しすぎず詳しすぎず説明しています。二色刷り(地図はフルカラー)や、行間が広く取ってあるといった読みやすい工夫がされており、余白も広いため書き込むスペースも確保されています。
各章末には1問ずつ、センター試験の過去問を使った確認問題が用意されています。


②山岡信幸『はじめからわかるセンター地理B』(Gakken)
引き続き、センター地理Bの勉強を始める人向けの参考書です。
構成やスタイルは大体似ていますが、①と比べると目次(項目)が大まかに区切られていること、章末の練習問題がやや多めなこと(各章3〜4問設けられています)が異なります。


③伊藤彰芳『みんなのセンター教科書 地理B』(旺文社)
こちらも同じくセンター地理B入門用の教科書。
各章の冒頭に「ゼロ講」と呼ばれる概説ページがあること、また記述が少し詳しめであることが特徴です。


④山岡信幸『山岡の地理B教室−大学受験地理』シリーズ(東進ブックス)
センター、二次試験問わず地理Bの入門書として幅広く使うことのできる参考書。
①〜③と比べて解説はやや詳しめです。part1,2に分かれており2冊で一セットになっています。
2001年初版販売と発売されてから年数が経っているためデータが古いことがあるのが玉に瑕ですが、筆者ブログ(http://geoyamaoka.blog86.fc2.com/ )で書籍の訂正・データ更新情報が紹介されているのでこちらも参考にしながら使ってみていただければと思います。


■センター試験の実践演習用
知識を問う単答問題に加えて統計資料や地図等の読み取り問題が多く出題される、これがセンター試験、二次試験を通じての地理入試問題の特徴です。
これらの問題に対応できるよう、センター試験を解くトレーニングも有効です。

⑤山岡信幸『センター試験のツボ 地理B』(桐原書店)
センター形式の問題を使って地理分野の知識を確認していく形の参考書です。
20年分のセンター地理過去問から問題を選び、単元ごとに並べられて(各単元10〜15問ほど)います。
全編問題形式のため一から、という方にはなかなか厳しいですが、解説が豊富なので学校や独習で地理分野の学習を一通り終えている方が知識の確認に使うのに適しています。
僕自身は、電車の中でセンター過去問の問題演習ができる本として重宝していました。
また、巻末にはデータボックスとして各種統計資料が付いています。

受験勉強終盤(センター、二次試験直前)に確認として使うのも良いでしょう。


参考書としては挙げませんが、地理学習の際に必ず手元に置いておきたいのが地図帳と統計資料。
参考書には省略されているデータ、また最新のデータを見るためにも最新年度版を持っておくようにしましょう。

次回は、地理論述のための参考書をご紹介します。

2013/11/08
第10回 出典:東京大学前期 2012年 理系数学 第5問

 皆さん、こんにちは。いよいよ秋の東大模試。夏からの成長を思う存分発揮してきてください!


 学習指導要領の変更に伴い、2015年度入試から各大学の数学の出題範囲が変わります。つまり今年大学受験を控える皆さんが、「行列」の単元を学習する高校生としては事実上最後の受験生ということになるわけです(無論、この単元が今後復活することも十分に考えられますが)。単元が削除されることは当然これまでもありましたが、その単元を出題できる最後の年に各大学がこれをこぞって出題するという現象はその度に確認されています。例えば、それまで滅多に原子物理分野を出題してこなかった東大も、2006年度入試からこの分野を出題範囲外にするにあたり2005年に久々に原子の問題を出題しています。こういった状況を鑑みたとき、今年の受験生である皆さんにとって「行列」はまず間違いなく入試の要となる重要な単元であると言えるでしょう。
 その先駆けとしてなのか、東大は学習指導要領が移行し始めるタイミングの2012年度入試において、数学で行列の問題を2題も出題しました。1問1問のウエイトの重い東大数学で丸っきり同じ単元、しかも東大入試で扱われることがそれほど多くなかった行列の問題が2題も出題されるのは異例のことで、受験業界の各関係者を驚かせました。
 そのうちの一方である第5問は、人工的で見慣れない設定ではあるもののやることは言われている通りに証明を進めていくことだけで、オチもよく見えないなんとも中途半端な印象を受ける問題です。良問揃いの東大数学においてこれは一体どういうことなのか――というところですが、その原因は本問自体がある大きなテーマをもつ証明の一部抜粋(及び入試問題用にアレンジ)となっているところにあります。そのような中途半端な出題をせざるを得なかった背景にはもしかすると急遽行列の問題を用意する必要に駆られたりしたなどといったドラマがあったのかもしれませんが、こればかりは何をやっても憶測の域を出ません。そして実際には、“経験の少ない設定を飲み込んで試験時間内に処理することができるか”を問うという意味で、本問も十分に東大入試の一問として機能したことでしょう。
 とはいえ本記事の読者である好奇心旺盛な皆様は、きっとこの証明問題の全体像が気になるところだと思います。そこで今回は、この問題をもとの形に戻しオチまでつけた“完全版”とでも言えるような問題を作ってみました。2012年度の数学を既に通しでやった方、もしくは通しでやる予定の無い方は、下の問題に挑戦してみてください。


⇒2012年第5問完全版(PDF)

⇒解答(PDF)



 以上問題で見た通り、面白い結論が得られました。もともとが大分立ち入った話なので、(5)、(6)辺りは高校では見慣れない考え方でとても難しかったかもしれません。特にクライマックスの(6)はそれまでの小問がどういう意味を持っているのかフルに想像力を働かせねばならず、厳密でなくとも大枠の流れが考えられたのならアカデミックな数学の素養は十分と言えるでしょう。一応その中でも強調しておきたいことがあるとすれば、(6)の解答のネックとなった“単調減少する非負整数列なのでいずれ 0 になる”というロジック。確かに高校数学で経験することはそれほど多くないものの、東大数学を武器にしたいというレベルの人間にはいざというとき使えて欲しい考え方ですね。というのも比較的最近の東大入試での出題があったからなのですが、どの問題かは自分で解く中で探してみてください。

 さて、本問がアカデミックには何を意味しているのかを触りだけ紹介します。まずいきなりですが、“集合 G が演算 ◦ に関して『群』である”とは、以下の4つの条件が成り立つことを意味します。

1. G が ◦ に関し閉じている
(G の任意の要素 a,b について a◦b = c ならば、c も G の要素)
2. 結合則が成り立つ
(G の任意の要素 a,b,c について (a◦b)◦c = a◦(b◦c) が成立)
3. G 内に単位元が存在する
(G の任意の要素 a に対して、a◦e = e◦a = a を満たす単位元 e が G に存在)
4. 任意の G の要素に対し、G 内に逆元が存在する
(G の任意の要素 a に対して、a◦a' = a'◦a = e を満たす逆元 a' が G に存在)


 抽象的に言うと分かりづらいですが、例えば 0 を除いた有理数全体の集合 Q-{0} は演算 × に関して群です。なぜならば、

1……有理数同士の積から有理数でない数、すなわち無理数は出てこないのでok.
2……明らかにok.
3……有理数である 1 は単位元の性質を満たすのでok.
4……0 以外の有理数はその逆数を掛ければ単位元 1 になるが、有理数の逆数は有理数なのでok.

しかし、0 を除いた整数全体の集合 Z-{0} は演算 × に関して群ではありません。整数の逆数は整数とは限らないので、条件4を満たさないからです。
 このように同じ“×”という演算でも、扱う集合が変わると成り立つ性質が変わってくることがあります。“積”の計算ができる集合は、皆さんが知っているだけでも『数字』以外に『文字式』、『ベクトル』、『行列』などがありますが、これらの積の性質には共通する点と共通しない点とがあります。例えば行列は積の順番を入れ替えることができませんが、それ以外の集合では積(内積)の順番は結果に影響しませんね。こういった違いがあるからと、それぞれの集合で別々に計算することによっても、確かに様々な公式がそれぞれで得られるでしょう。しかし、もしこの共通点を活かした議論を行うことができれば、1つの議論から様々な集合での公式が導かれるとは思いませんか? 大雑把ですが、こんな感じのことをやってのけるのが「群論」という分野です。どんな共通点を持つのかが重要なので、群論では上のように“条件○○を満たす集合は△△”といった具合で細かいグループ分けが成されているのですが、まずそれらを把握して自分の中でイメージできるようになるまでが大変で、受験勉強に活かせるところもあまり多くはないので受験前に首を突っ込むのは普通の人にはあまりお勧めしません。ただ群論は“変換”というもの全般について考えることができるだけ、その威力・適用範囲は絶大で、“5次方程式に一般的な解の公式は存在しないこと”や“コンパスと定規だけで角度三等分線を作図することは出来ないこと”といった長年数学者達の頭を悩ませてきた有名問題も、比較的歴史の浅い群論を用いて証明されました。逆に威力が絶大過ぎるから大学入試に活かしづらいとも言えるのですが、それでも例を挙げるなら、大学入試数学史上最難と評される東大入試後期数学1998年第3問(2)では安田亨先生が群論的な考え方を用いた証明をされています。「群論、なんだか凄そうだな」ということくらいが伝われば十分ですが、実際群論は、現代の数学、さらには物理・化学を含めた自然科学にまでも大きな影響力を持つ一大分野となっています。

 では本問について。上の問題の (2) で det (PQ) = det P・det Q が成り立つことを示しました。つまり、行列式が 1 の行列、もしくはその逆行列の積のみから表される行列の行列式は必ず 1 であると言えます。よって、条件(D)を満たす行列は積という演算に関し閉じていると言えるでしょう。さらに条件 2、3、4 についてもすぐに確認できるので、これが群であることまで言えてしまいます。この群を“特殊線形群”と呼び、2×2 行列の場合 SL(2,Z) と表しますが、本問では最終的に SL(2,Z) という群が B と C だけあれば作れてしまうことを示していたのでした。このとき、B と C は SL(2,Z) の“生成元”であると言います。特殊線形群についてもまたいろいろあるのですが、今回はここまで。

 東大入試では整数の証明問題に多いですが、受験数学で大問全体としてちょっと興味深いことを求めたり示したりする問題って、出会うと多かれ少なかれ感動しますよね。この記事を読みに足を運んでくれるような方になら話が通じると思います。その“興味深いこと”のテーマが大きければ大きいほどより多くの場所で話題になるし、解いていてもより面白い。小問での誘導の中でちょっとずつその核に近づいてくるとワクワクしますよね。東大理系数学なら2006年第4問や2013年第5問、他の大学の大きなテーマのものだと大阪大学2003年後期第4問『円周率が無理数であることの証明』などが良い例でしょうか。それに較べてしまうと、一見何のオチもない本問は地味と言わざるを得ません。しかし今回紹介した“真のオチ”まで見れば、その興味深さは人によっては2012年の東大数学随一ともなるでしょう。演習問題としておあつらえ向きだったのもありますが、何よりそんな本問が埋もれてしまうのは可哀そうだったので、今回この記事を書かせていただきました。ついでのはずの群論話が十分長いのはご愛嬌。それではまた次回。

2013/11/8 石橋雄毅

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