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物理のエッセンス』レベルの基本的な操作を習得したら、次にそれを正しく運用するための練習をすることになります。これに適した演習書のひとつとして今回紹介するのが、この『良問の風』です。
エッセンスでは一問一答の色合いが強いのに対し、こちらはひとつの設定に対しもう少し多角的に、入試問題の実情にある程度即した形で問うてくるのが違いです。例えば、エッセンスでは曲面を滑り降り飛び出していく小球の速さを求めるだけの問題がありますが、風では曲面から飛び出した後の放物運動の様子を追跡するところまでが1セット、といった感じ。一問一問の計算量も入試標準レベルには重くなっています。
エッセンス同様「物理基礎」「物理」の区分がごちゃまぜの構成。一応「物理基礎」範囲の問題には印がついていますが、問題の質を考えてもセンターでしか物理を使わないという人に本書での演習はあまり向かないでしょう。全部やる必要がある受験生にとって単元の区分けなんて気にするに値しない些末な事ですから、高校物理の参考書は順番に解き進めていけばOK。そういう意味では本書も『物理のエッセンス』の著者である浜島清利先生が書いており、章立て・問題選定が連動しているので、両書を並行して順番に解く上での演習効果の向上も期待できます。
別冊になっている解答・解説ですが、こちらは読み応え十分。解答と解説が別々に分けて書いてあるような重苦しいスタイルではなく、解答を書きつつ解説してある、授業を聞くような感覚で読める形になっています。かなり詳しめで、細かい補足も充実。ただしその分、東大形式の物理の答案にどれほど記述したらいいかはここでは学べません。
そういえば新課程用に改訂されて、巻末に「論述問題」の項が追加されました。単純な現象・身近な事実に対し、言葉で説明する問題が数問並べられています。紙面の都合からか、個人的にはもう一歩物足りなさを感じる部分もあるのですが、こういったことが書かれている物理の演習書はなかなか無かったので、とても良い変更点だと思います。
全体で見て、確かにエッセンスよりは難易度が高いと言えるかもしれませんが、それは一問を解くのに必要な操作がいくつかあるという意味で、手間がかかる・どの操作を使うべきか見抜く必要があるだけという場合が殆ど。もっと言えばこれは本書に限った話ではなく、物理の入試問題全体についても当てはまることです。高校物理の成績を安定させようと思ったらまず、問題を解く上で一番基本的な所作を完璧にできるよう練習してください。本書にはそういったオーソドックスな所作が一通りまとめられていますから、解いていくうちに「物理って、いつもやること決まってるじゃん」の境地に至れるようになるのではないでしょうか。
しかしながら、本書はあくまで“標準”レベル。東大クラスの物理で点を稼ぐことを考えたとき、本書レベルまできっちり演習を積んでいるだけの時間的余裕はあまり無いのが実際のところです。東大物理が本書以上の事を要求してくることも考えると、抜けがちなエッセンスレベルの話を疎かにせずしっかり頭に入れ、『名問の森』レベルの問題に手が出るよう練習していく――これがひとつの王道パターンであり、要領のいい人は風レベルのステップを踏まずとも十分力をつけていく、というのもまた現実なのです。実際、東大に入ってから周りの人に「物理の参考書何使った?」と聞くと、「
森でしょ」「難系だけ」「
25ヵ年だけ」辺りの答えが割とよく返ってきますね。あとは重要問題集もでしょうか。
だからと言って、問題には全然太刀打ちできない・解答を読んでも理解が及ばないような参考書を延々とやり続けるのはとても賢いとは言えません。自分の力量を正しく見極められてこそ、真に力のつく演習ができるというものです。時間はかかっても風をやることに意義を感じるのならそれはきっと尊いことだろうし、それこそ“基本的にはもう少し難しい参考書を使って演習し、特に苦手な分野だけ本書も活用する”というのはひとつの知恵ですよね。一般的な話も勿論大事ですが、それが自分に合っているかどうか良く考えて、適切なレベルの参考書を、適切な形で使用してください。
2014/04/04 石橋雄毅