第1問
xy 平面上に4点 O(0,0)、A(1,0)、B(1,1)、C(0,1) を頂点とする正方形の板がある。この板の密度は一様ではなく、x と y についての2変数関数 ρ(x,y) で次のように表される。
(1) 板の質量 M を求めよ。
(2) 板の重心 G の座標 (X,Y) を求めよ。
《ヒント》
本文で出した問題の数値を変えただけなので、純粋な計算練習になるはずです。この積分計算、キチンとできますか? 東大入試において難しい積分計算は最近では2011年に出題されていますし、2004年をはじめ計算量の多い積分の問題は頻出です。計算練習を侮って、いざというとき後悔することの無いように。特に本問程度の計算は東大合格者の多くが入試までに経験していると思われます。以下の解答では都合上途中計算を省略しますが、もし計算の仕方がわからなければ必ず調べて確認するようにしてください。
《解答》
以下、次の積分結果を用いる.
(1)
題意の正方形を縦の長さが微小な値 dx、横の長さも微小な値 dy である微小な大きさの無数の長方形に切り分けることを考える.
位置 (x,y) に置かれたこの長方形の質量は ρ(x,y)dxdy と表せるから、これをこの正方形内で全て足し合わせて、
・
……(答)
(2)
重心の定義より、
よって、
……(答)
第2問
p>0、 q>r とする。任意の三角形 OAB に対して、O(0,0)、A(p,q)、B(p,r) となるよううまく座標を設定することができる。これを利用して、三角形の重心を定義から求めよ。
《ヒント》
積分する領域が長方形のときは x と y それぞれで好き勝手に積分することが出来ましたが、それ以外の形になるとこの2つの変数が独立に自由な値を取ることができなくなります。ここでは、一方の変数の積分区間に他方の変数を含めて、順番に積分することを考えます。つまり、今回積分する領域は不等式を用いて
と表せますから、次のように重積分すると考えてみればどうでしょうか。
原理的には、これを一つの式にまとめず順を追って別々に書いたものが、お馴染みの“軸に垂直な面の断面積を求めて積分”という手法ということになります。つまり今回の場合では、まず積分領域を x=α の位置にある微小幅の長方形についてのみ着目して積分⇒
、その α を 0 から p まで動かして足す、この一連の流れをまとめてひとつの式にしたのが上の式というわけです。こう見ると、普段の学習内容からそれほど遠くはないことをやっているのだということが伝わるかもしれません。
《解答》
題意の通りに三角形を設定したとき、積分する領域は次の不等式で表される.
ここで、
であるから
(※これは密度を 1 としたときのこの領域の質量、すなわち三角形の面積に等しい)、積分の定義より、この三角形の重心(X, Y)は、
・
∴ となり、これは三角形 OAB の3本の中線の交点である ……(答)
第3問
クッキーの生地をこねて伸ばしたものをxy平面上の第1象限に広げ、4点 O(0,0)、A(1,0)、B(1,1)、C(0,1) を頂点とする正方形の領域で切り抜くと、その高さ z(x,y) は次式で表された。
このとき、この正方形のクッキーの体積 V を求めよ。
《ヒント》
重積分を学ぼうと思って文献を漁ると殆どの場合、まず本問のように空間図形の体積を求める例題から解説されるものなのですが、その観点からすれば本記事は少々イレギュラー。しかし要領は今までの密度の話と一緒なので何ら問題ありません。と、いうことは……
《解答》
題意の正方形を真上から見て、縦の長さが微小な値 dx 、横の長さも微小な値 dy である微小な大きさの無数の長方形に切り分けることを考える.
位置 (x,y) に置かれたこの長方形の体積は z(x,y)dxdy と表せるから、これをこの正方形内で全て足し合わせて、
・
∴ ……(答)
※体積なのに三重積分じゃないの? と思う人もいるかもしれません。そういう人に質問ですが、それでは今まではどうしていつも面積を二重積分で求めてこなかったのでしょう? これは、当たり前の結果となる次式が省略されているからなのです。
第4問
(1) 半径 a の半球
の重心を求めよ。
(2) 半径 a の八分球
の重心を求めよ。
《ヒント》
第2問の応用です。計算のレベルも少し上がりますが、対称性を活かせればそんなに大変な事にはならないはず。ちなみに、(2)は自分が大学1年の冬学期に期末試験で解いた問題です(笑)。
《解答》
(1)
積分する領域を不等式で表すと、次のようになる.
・
・
対称性より、重心は明らかに z 軸上の点である.
(※念のため重心の定義を確認しても、x 座標・ y 座標についての計算は奇関数となり積分が 0 になることはすぐに確かめられる)
よって重心の z 座標 Z は、定義から、
右辺について積分を実行すると、
左辺の積分についても同様に、
(※これは密度を1としたときのこの領域の質量、すなわち半球の体積に等しい)
∴ 重心の座標は、
……(答)
(2)
積分する領域を不等式で表すと、次のようになる.
よって(1)と同様に定義から計算すれば、重心の座標は
……(答)
<物理的別解>
対称性より、重心は明らかに直線 x=y=z 上の点である.
ここで、この八分球を z≧0 の領域に計4つ、対称な位置に並べたものが(1)の半球であるが、4つの八分球の重心が対称な位置にあること、複数の物体からなる系の重心はそれぞれの物体の重心の位置にある同質量の質点から求められることを考えれば、(1)の結果より、求める座標は
……(答)
第5問
次の“パップス=ギュルダンの定理”を証明したい。
パップス=ギュルダンの定理:「平面図形 S を、S を貫かない軸のまわりに1回転させたときに通過する領域の体積は、S の重心が描く軌跡の長さと S の面積の積に等しい」
以下の問いに答えよ。
(1) g、p、q を p>0、g>q>0 を満たす実数とする。xy 平面上の4点 A(p,g-q)、B(p,g+q)、C(-p,g+q)、D(-p,g-q) を頂点とする長方形 ABCD を x 軸のまわりに回転させてできる立体の体積を求めよ。
(2) パップス=ギュルダンの定理を証明せよ。
《ヒント》
いよいよ今回のメインディッシュです。ここまでの積分のイメージがしっかりできていれば、(1)の誘導をどう使うかはもうわかるはず。(1)では任意の長方形に対してパップス=ギュルダンの定理が成り立つことを示していますから、今までと同様の考え方で……
《解答》
(1)
外側の円柱の体積から内側の円柱の体積を引けば、求める体積 V は
……(答)・
(2)
(1)の長方形の面積は 4pq、重心が描く軌跡の長さは 2πg であるから、
(1)より回転軸に平行な辺を持つ長方形についてパップス=ギュルダンの定理は成り立つ. ……(*)
いま、x 軸と交わらない平面図形 S を x 軸のまわりに回転させることを考える.
S を、x 軸に平行で長さ dx の辺を持つ微小な長方形に分割する( y 軸に平行な辺の長さは dy とする).
これを S に含まれる領域で全て足し合わせれば S の面積 s になるから、
……(1)
また、重心を (x,y) とする微小な長方形が x 軸のまわりに回転することによってできる立体の体積は(*)より 2πydxdy と表せるが、これを S に含まれる領域で全て足し合わせれば S の回転体の体積 v となるから、
……(2)
ここで、S の重心の座標を (X,Y) とすれば、S が回転するときに重心が描く軌跡の長さは 2πY であり、(1)式、(2)式と重心の定義から、
よって題意は示された■
第6問
とする。y=f(x) のグラフの 0≦x≦1 の部分と x 軸とで囲まれた図形を y 軸のまわりに回転させてできる立体の体積 V は
で与えられることを示せ。
(東大・理系 1989 改)
《ヒント》
高校範囲での一般的な模範解答(=バウムクーヘン分割)は数ある参考書達に任せ、ここでは勿論パップス=ギュルダンの定理を使います。本問では計算が楽になったりという恩恵はありませんが、証明がより厳密に・より機械的にできることを実感してください。
《解答》
題意の平面図形の重心の座標を (X,Y) とすると、パップス=ギュルダンの定理より、
ここで、重心の定義から、
よって題意は示された■
幾何の問題が持つ難しさは皆さんも身をもって知っていると思いますが、その大きな原因は“他の分野と違って問題のパターン化が難しい”というところにあるでしょう。例えば中学受験の算数における平面図形では、どこに補助線を引くかをその場で毎回考えなければならず、その難しさに苦労した人も少なくなさそうです。逆に多くの問題は、作業がパターン化・形式化さえされればとても扱いやすくなるとも言えます。立体図形の求積問題では、その形式化の手法として“断面積を求めて積分”という方法を高校で学ぶわけですが、実はこの方法でも「どの断面を考えるか」「断面はどのような図形か」といったところにまだ頭を使う余地があり、これが難しさの要因のひとつでした。そのため、具体的な計算を必要とする場合の苦労は勿論のこと、一般的な図形について議論をすることなど今までは到底考えられませんでした。
しかし重積分なら、この作業自体を一本の数式に表現することができます。さらに、第5問のように具体的な形が決まっていない、単に“平面図形”というものに対して議論することさえもできます。結城浩著『数学ガール』にもありますが、数学は議論を抽象化し無限まで扱う学問です。その抽象化の威力は、特に第6問で実感してもらえたのではないしょうか。
数学の分野の中でも具体例に縛られがちな高校~大学初年度程度が扱うレベルでの図形問題。これに対し、重積分というものがどれだけ役立つツールのひとつとなっているかを、ここまでの6題を通して少しでも理解していただければと思います。