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水質指標 ~専門家は溶存酸素で呼吸する~

 水がどれだけ汚れているかを表す数値的な基準を“水質指標”と呼びます。用途や状況に応じて使い分けられるいくつかの種類があるのですが、東大入試で2005年に出題された“COD”は水質指標の中でも最も代表的なものでしょう。この辺りの話を深めるに当たり、普段東大入試ドットコムで英語…
第17回 出典:東京大学前期 2005年 化学 第2問Ⅰ

 水がどれだけ汚れているかを表す数値的な基準を“水質指標”と呼びます。用途や状況に応じて使い分けられるいくつかの種類があるのですが、東大入試で2005年に出題された“COD”は水質指標の中でも最も代表的なものでしょう。この辺りの話を深めるに当たり、普段東大入試ドットコムで英語系の記事をメインに執筆していただいている大澤先生が、偶然にも工学部都市工学科で環境――特に水質について専攻していらっしゃるということで、今回はA級紙に協力してくれることとなりました!
 早速、大澤先生に伺った話をもとに問題を作ってみましたので、チャレンジしてみてください!


⇒問題(PDF)

⇒解答(PDF)


 いかがだったでしょうか。問題文で計算した値は、大澤先生が学生実験で得た実際のデータをもとにしているので、皆さんは入学前でありながらにして、本郷キャンパスにある有名な三四郎池の水質を計算したことになります(笑)
 さて、問題を解いた皆さんには、水質指標の“感じ”をなんとなく掴んでもらえたのではないかと思います。これを踏まえ、さらに詳しい大澤先生の話を聞いてみましょう。


 CODは水中の有機物の量を表す指標ですが、問題の導入文にもある通り、直接有機物量を表すのではなくその有機物を消費するのに必要な酸素量で示します。一般にCODが高い水ほど水質が悪いとされ、下水のCODは100mg/L程度であると言われています。導入文ではヤマメやイワナが生息することができる渓流水のCODは1mg/L以下とされていますが、それでは何故CODが高くなるとこれらの魚が生息出来なくなるのでしょうか?
 水中に含まれる有機物は我々のし尿や生活排水に由来しており、これらは水中の微生物達にとって格好のエサになります。エサが増えるのは良いことじゃない……? と思うかもしれませんが、そう単純な話ではありません。水中の微生物は有機物を二酸化炭素と水に分解し、その際に酸素を消費します。こうやって表現すると難しそうに聞こえますが、これは簡単に言えば微生物の食事です。生き物が食事をする際に酸素を消費するのは至極当然のことですね。ただ、この食事が活発になりすぎると水中に溶けている酸素――溶存酸素(DO)を微生物が使い切り、他の生物が窒息して死んでしまうのです。
 さらに、水中のDOがゼロになると微生物は水中にたっぷり含まれる硫酸イオンを使い始めます。これにより硫酸イオンは硫化水素まで還元され、水は皆さんも一度は嗅いだことのあるようなドブ川のような悪臭を放ち始めます。こうして、見た目も臭いも汚れた川ができあがる訳ですね。

 CODは過マンガン酸カリウムや二クロム酸カリウム等の酸化剤が有機物を酸化する際に消費する酸素量を表していましたが、先に述べた通り、実際の環境中では有機物を酸化するのは化学薬品ではなく微生物。この微生物の働きに注目した水質指標が、問題のⅡで扱われていたBODと呼ばれる指標です。環境の議論をする上では当然BODの方が良いような気がしますが、問題にあった通りDOの変化を5日(6日にするなど、日数は実験の都合により若干前後することも)も待たなければならない上に、実験操作もやや煩雑ということで、簡易的な検査としてCODが使われることが多いです。ちなみに、CODとBODの間には当然正の相関がある(CODが高ければBODも高い、CODが低ければBODも低い)のですが、基本的にBODよりもCODの方が高い値となります。これは、微生物が分解できない有機化合物やその他の物質まで、強力な薬品が一気に酸化してしまうためです。解いてもらった問題でも、その通りになっていたでしょう。
 実際のBODとCODの使い分けですが、河川ではBOD、湖沼ではCODを使うのが一般的です。河川は数日かけて海へと流下しますから、この数日間で消費される有機物のことだけを考えれば十分です。短期間で有機物に作用するのは微生物ぐらいですから、微生物の働きだけを考えたBODを使うのが適していると言えるでしょう(5日置くのは、ヨーロッパの河川の流下時間が5日間であったためだと言われています)。それに対し湖沼では水が滞留している時間が長いため、水中に含まれる有機物の総量が問題になります。ですからCODを使い、微生物が分解するもの以外の有機物もひっくるめて測定している訳です。
 小話ですが、COD測定のために使われる酸化剤は、世界的にはニクロム酸カリウムが標準的である一方、日本ではよく過マンガン酸カリウムが使われます。こんなところでも日本のガラパゴス化が進んでいたわけですが、ニクロム酸カリウムの方がより強く有害であるとされています。

 問になっていた“特殊な試料びん”のことを、フラン瓶と言います。BODの測定では溶存酸素濃度がキモになりますから、瓶の中の水と空気中の酸素が触れ合うようなことは厳禁です。そのためフラン瓶の口と栓が摺り合わせになっていて密閉出来るのはもちろん、さらにその隙間に水を注いで“水封”出来るような形状になっているものもあります。また一つ一つの瓶の正確な容量が瓶の表面に刻印され、正確に濃度測定ができるようになっています。

 問題文の(3)、(4)式から導かれる、BODとDOを関連付ける式は、ストリーター・フェルぺスの式と呼ばれていて、この微分方程式を解くと、


( D:溶存酸素不足量、L0:時刻 t=0 でのBOD、D0:時刻 t=0 での溶存酸素不足量)


と求まります。概形は問題中の図2―1の通りですが、河川の環境を議論する上で、川の流速を一定として横軸を時間から距離に置き換えたグラフが用いられることがあります。このようなグラフを“溶存酸素垂下曲線”と呼びます。


 このグラフを改めて見ると、溶存酸素が最も小さくなる点――すなわち魚が住みにくく、悪臭が発生してしまうような地点は、排水が流入した地点ではなく、それよりもやや下流の地点になることが分かります。使用済み油を流しに流したり、ゴミを川にポイ捨てしたり……そんな行為によって悪影響を受けるのはあなた自身でなく、あなたとは無関係の、下流に住んでいる人たちになるということです。下流に住む人々の生活に思いを馳せながら、日々環境に優しい生活を送りたいものです。

 大澤先生、ありがとうございました。このように、我々の身の回りには専門的な世界で活躍する、普段は考えもしないような様々な指標が存在しています。これらの指標も考えてみるとまた面白くて、例えばCODやBODだって、“水がどれくらい汚れているか”というある種抽象的な話を、水中の有機化合物を酸化するのに必要な酸素の換算量”へと定量的に置き換えて具体的に議論することができる形にしている訳です。“何を基準にすれば話が具体的に・正確になるか、そのためにどうするか”ということをキチンと考えて詰めていく部分がすごく科学的だなあと思いますよね。
 今皆さんがしている(理系科目の)勉強の多くは、基本的にどんな学問にも使える道具です。学部に入って話が専門的になると、それらを使ってより具体的なテーマを論じることになるでしょう。そこには、一般的な勉強をしているだけでは見えてこない、様々な視点が待っています。そんな豊かな世界がきっと広がっているんだろうなとは思いつつ、専門的な数値の並んだ難しそうな資料などからは自分もそっと目を逸らしてしまいます。(笑) せめて自分の専門とする領域のことぐらいは、呼吸するくらい自然に語れるようになりたいですね。それではまた次回。

2014/06/27 大澤英輝・石橋雄毅

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