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東大過去問参考書の参考の書 ~角川学芸出版『鉄緑会 東大数学問題集』~

 東大受験専門の予備校として名高い鉄緑会からは、東大入試の過去問参考書としては数学・古典の2種のみが出ています。受験生には手を出すのが少々ためらわれるほどのお値段なのですが、その分いずれも他の追随をまるで許さないクオリティ。まずは…
 やってきました参考書別活用法のコーナー2週目。今回もまた前回に引き続き、東大の前期試験の過去問を扱った参考書について、その特色・特徴を

①構成
②解答・解説の充実度
③難易度評価

の3つの観点から、東大受験参考書愛好家のひとり、ワタクシ石橋雄毅が紹介していきます!
 東大に合格するためなら、参考書への投資くらい安いもんだ! なんて方もいらっしゃるかもしれません。ただ、少なくとも参考書に関しては、高いものが何でも良いものだとは限りません。前回言ったのと本質的に同じことですが、一番大事なのは自分が求めることがその本に書いてあるかどうかということであって、高いお金を出して買った分厚い本の大半のページが実は自分にとって不必要な情報で構成されていたなんてこともあり得るのです。これでは、お小遣いどころか貴重な時間までもが無駄になってしまいかねませんね。しかし高くて厚い本は、本屋での立ち読みでその特徴を掴むのもなかなか大変なもの……。そこでこの2週目では、受験参考書としてはちょっとお高い3種類の過去問参考書について、詳しく見てみようと思います!


◆角川学芸出版『鉄緑会 東大数学問題集』 数学
 東大受験専門の予備校として名高い鉄緑会からは、東大入試の過去問参考書としては数学・古典の2種のみが出ています。受験生には手を出すのが少々ためらわれるほどのお値段なのですが、その分いずれも他の追随をまるで許さないクオリティ。まずは数学の方から見ていきます。

 毎年出版される最新10年分の過去問を収録したものと、時々出版される1980年度入試からの過去問を全て収録したものが存在。前者が4000円強、後者は1万ウン千円……殆ど講師向けなので、以下では主に10年分のものについて記述しますが、後者は基本的に前者の各要素の分量が収録年度分だけ拡大されたようなものと思ってください。

 本書は問題が掲載されている冊子が極力薄くなるよう配慮して、『資料・問題篇』と『解答篇』の2冊に分冊されています(30年分収録しているものはさらに『解答篇』が前期試験の解答と後期試験の解答の2冊、計3冊に分かれています)。まず「資料篇」の章に関して。東大入試数学について、出題傾向の推移や頻出分野の分析、果ては数学の答案の書き方まで、20ページ以上に渡って綴られています。赤本や青本の傾向と対策に書いてあることを、紙幅を気にせず書きたいだけ書き連ねたような分量です。やはり参考になるところが多く、入試直前の余裕の無い時期ではなく、少しくらい過去問に触れて東大の問題がどういうものなのか何となく分かってきたくらいの頃に読むのが効果的かと考えます。「問題篇」では、前期の理系数学・文系数学から後期試験の数学まで、基本的に見開き1ページに収まるように収録。コピーして使いやすくしてくれている上、各年度の各問題について、現行の学習指導要領で解ける問題なのか、文系以外の数学に関しても文系範囲で解けるのかが明記されています。それどころか“(1)までなら文系範囲でも解ける”ということまで分かるようにしていたり、問題の趣旨を損なわない程度の改題を施し文系範囲でも解けるようにしていたり、本当に細かいところまで手が行き届いています。10年分の過去問の後には、さらに昔の過去問の中で特に演習効果が高いと思われるものを数セット分集めた“推奨問題”も用意されています。

 「解答篇」に関して。各年度のトビラのページには、近い年度の傾向・推移から見てその年の問題がどうだったか、セット全体として見るとどの問題はしっかり点を稼ぐべきでどの問題は皆出来が悪かったであろうかといったこと等が盛り込まれた講評と、そのセット全体として、後述の≪発想力≫≪計算量≫≪論理性≫≪時間≫の4軸がどれほど重視されていたセットだったかが一目で分かる“データ”、試験場でそのセットに立ち向かうことを考えるとどの順で問題に当たっていくのが良いのかひとつの例を示した“解答順序の一例”、そして各科類に合わせた“目標得点”が記されています。続く各問の解答は特に別解が豊富で、当該の問題に対し考え得るほぼ全ての解法について詳しく盛り込まれています。そしてどの解答にもそれぞれ採点基準が設けられており、周りに答案を添削してくれるような人がいなかったとしても自分一人だけでそれなりに妥当な採点をすることができるのが大きな特徴のひとつ。解答の列挙のみならず、どのような思考回路を辿ればその解答に至るのかを記した“指針”、一見妥当なようで実は厳密に答えを出すことができない解法などにも触れる“注”、意欲のある人向けにその背景・発展的考察にまで突っ込んだ“参考”と他大学・他年度で出題された、関連して解いておきたい“参考問題”まで取り揃えており、最後には当該の問題がその年のセットの中で見るとどのような位置づけで捉えられるか・捉えられるべきか書いた“実践上の注意点”を配置するなど磐石の態勢が敷かれています。古典問題集の前書きに書いてあることですが、本書の企画コンセプトは“完全に自習が出来る問題集”。実際その通りかもな、と感じてしまうほど、東大数学の問題集としては完成された良書だと思います。ただ東大受験指導者は、受験生一人一人に合わせどの問題を入試本番までに経験しておいた方が良いか、また本人は解説のどのレベルまで理解するべきなのか、特に苦手な分野をどう補強すべきかといったことなどを考えるところでこの問題集に対抗できるとは思っています。裏を返せば講師の介入する余地のある以上“完全な自習”の中にも本書を利用する人間の力量は不必要という訳ではないでしょうし、だからこそ自分としては本書を利用したとしてもなお、周りに自分のことを見てくれる、力のある人がいるのであればその人の力を借りた方が良いと考えますが。

 難易度評価に関して。まず各年度のセットに対して“目標得点”が設定されていると言いましたが、これも“目標”とするには確かに妥当でしょう。しかしあくまで目標なので、多くの受験生はこれより少し点数が下回っても他の教科できちんと稼ぐことで十分合格できるでしょう。また各問題に対しては、上でも少し触れましたが≪発想力≫≪計算量≫≪論理性≫≪時間≫の4つの評価軸が設定されていて、その4つについてさらにそれぞれA~Cの3段階で評価しています。評価軸が分割され基準が明解な分(その軸の要素が普通ならB、軽めならA、重めならC……ケチのつけようがない)、評価は妥当と思わざるを得ません。評価軸が分散し純粋な難易度比較ができなくなって時間配分のトレーニングに支障を来すかと思いきや、“解答順序の一例”や“実戦上の注意点”がこれを補っていて、本当に値段くらいしか非の打ちどころがありませんでした。



 次回7月18日(木)は古典編を紹介予定です。ご期待ください!
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