「豊かな人生」のための東京大学での学び

当記事は、こちらの記事の続編です。東大文学部に推薦で合格された乾さんに、東大入学後の学生生活に関するお話や、ご自身のご経験を踏まえたメッセージをお伺いしました。

東大入学後について

東大に入ってよかったと思うことは何ですか?

私の地元は大阪ですので、「東京に出てきてよかったこと」「東大に入ってよかったこと」という2軸で話したいと思います。

まず、東京に出てきてよかったことの一つは、「自分を成長させてくれる出会い」がたくさんあるということです。東京は人がすごく多い場所なので、その分いろいろな考え方を持った人に出会えるチャンスも多い。

また、東京にいると「本物の文化」に触れられるチャンスが多いということも、魅力の一つだと思います。東京には一流の文化人が集まっていて、演劇や伝統芸能、音楽などの質の高い公演が頻繁に行われています。映画やファッションは、今やどこにいても同じように楽しめるようになってきましたが、”生の舞台”は東京でしか体験できないものも多い。実際、私も地元の大阪ではなかなか観る機会がなかった「能」を、東京に来てからは楽しむ機会を得ることができました。

さらに「東大に入ってよかったこと」も、やはり人の多さに関係しています。東京大学は、他の国立大学と比較しても、学生の人数が多い大学なんです。人が多い分、お互いを高めあえるような友人にも出会いやすい。東大は少数精鋭な難関大学であるというイメージが先に立ちがちですが、実は学生数が多く、多様な学生がいて、「人との出会い」という点でも魅力的な場所だと思っています。

たとえば、私には東大で出会った留学生の友人がいます。その友人は日本語だけでなく、古典日本語や漢文、中国語、ラテン語、フランス語、英語など、なんと十数もの言語を使いこなせるんです。そんな彼とチャットをするときは、いろんな言語を組み合わせて会話することになります。文法の間違いがないように気をつけながら、スピーディに返信するのはちょっとしたスリル。でもその分、自分の知識不足や勉強不足を痛感することもあって、毎回学びがあります。彼のような友人は私にとって本当にありがたい存在です。

それだけでなく、やはり先生方も、尊敬できる素晴らしい方が多いです。「良い友人に恵まれる」「良い先生に恵まれる」、この2つが両立しているのが東大という環境の良さだと感じています。

能を自分で演じることにも挑戦しました。

周りの東大生にどのような人が多いと思いますか?

前述の通り 学部生の人数が多いので、「多様な学生がいる」というのが一番の特徴です。

ステレオティピカルな東大生は俗に「イカ東」(=いかにもな東大生)、かつては「駒トラ」(=駒場トラディショナル)と呼ばれたりするわけですが、私の感覚では、そういった典型例に収まる学生は少ないと感じます。それには、地方出身者の影響があるんじゃないかと思います。東大には、首都圏から来る学生が多いとはいえ、やはり地方出身の学生もそれなりにいるんですよね。東京のカルチャーに染まっていない地方出身の学生が、彼ら自身の色を持ち込んだ結果として、東大が多様性に富んだ環境になっているのではないかと感じます。

乾さんのご経験について

乾さんが仏教に興味を持たれたきっかけは何ですか?

私が生まれ育った大阪は非常に歴史豊かな地域であり、宗教都市と呼ばれることもあるくらいお寺も多いんです。そういった環境の中で育った私にも、幼いながら仏教への信仰心が自然と芽生えていました。その後思春期を迎えた際に、自分のアイデンティティを問い直したいという気持ちになったんですね。それで、仏教を学問的・批判的に捉えようと思うよう になったのですが、そのためにはまずは仏教について知らなければならないと思い、仏教に興味を持ちました。

大学入学後に、仏教者としてどのようなことを実践されましたか?

高野山修行をしたり、インドに留学してチベット語やチベット仏教を勉強したりしました。また、仏教のお経を読誦する際に、高校までは漢文の経典を読誦していましたが、大学入学後はチベット語で経典を読誦するようになりました。

乾さんの圧倒的な行動力の源泉は何ですか?

「自由に勉強できる時間は限られている」という認識です。大学に入ったとき、ある先生に、自分の興味だけに従って、自由に勉強をできるのは、実は学生のうちだけだよと言われたことがきっかけでした。社会人になったらいうまでもないし、もしも研究者になったとしても、研究領域の選定には学問内の要請や社会的要請などが大いに関係してくるわけで、自由に勉強をすることはできない。それができるのは非常に貴重なことですし、時間的に限られていることだと感じました。

さらに、勉強できること自体も尊いと感じています。私は高校生のとき、小学校の同級生がコンビニで働いているところに偶然出会った記憶が強く残っているんですね。もう働いているのか、と。私はそのとき受験に向けて勉強をしていたんですけど、そもそも「勉強できる環境がある」ということが決して普通のことではないんだなと改めて感じました。その考えは今も変わりません。仕事をしていたら時間的な制約も大きいし、何か学びたいことができた時にすぐに行動に移せるわけではないけれども、学生のうちであればそれができる。その機会を無駄にすることはありえない、と感じています。ですから、大変なことがあったとしても、それによって少しでも新しい何かが学べるのであればやってみようと思っています。そんなわけで、そのコンビニのエピソードは私にとって非常に強烈でしたね。今考えてみたら、高校の冬休み期間を使ってアルバイトをしていただけなのかもしれませんが。

また、もう一つの理由として、私は、「実践的に学ぶ」ということが、特にこれから非常に重要だと思っているんです。なぜなら、生成AIが発展してきている今、単なる言葉を言葉で説明するという言語活動が人間固有の活動ではないというのは明らかになりつつあると感じます。だからこそ、沈黙すること、沈黙に意味をもたらすこと、さらには、喜びや悲しみ、ときには痛みといった感情をそこに伴わせていくことは大切だと思っています。私自身の活動の例でいうと、ダンスをやったりとか、映画を作ったりとかを今はしていますね。こういった表現・創作活動もそうですけど、生成AIにはできない、人間固有の活動をしていきたいという気持ちは強いです。

映画制作に携わった際の写真です。

これから東大を目指す高校生に向けて、メッセージをお願いします!

まずは、「東大を目指すということで本当によいのか?」ということを考えてみてほしいです。なぜなら、「日本で一番良い大学だから」という理由で東大を目指すことは、今後できなくなってくると思うからです。東大は、正直なところ、さまざまな課題を抱えています。だから、「日本一の大学だから」という以外のところで、皆さんの一人一人が東大を目指す理由を自分の中に持っていないと、東大を目指すモチベーションは簡単に東大を取り巻く状況によって裏切られるだろうと感じます。

さらにいうと、世界にも目を広げてみてほしいです。別に日本の大学にこだわる必要はなくて、海外の大学も選択肢に入れてみるとより面白くなるのではないでしょうか。本当にやりたいことは実は日本ではなく海外にあるかもしれませんよね。日本の大学の伝統というのは明治に始まった新しいもので、皆さんがやりたい学問を歴史的に牽引してきた場所、さらにはそれを最も突き詰めていける場所は、実は海外なのかもしれない。多くの東大受験生の併願先には、後期入試をしている国立大学や日本の私立大学のみならず、海外の大学が入っているような未来があればいいと思います。この話を、この「東大入試ドットコム」という媒体でするのはおかしいかもしれないですけど(笑)。

最後に。東大には赤門や正門のような複数の門がありますけど、私は「門としての東大」というメタファーがすごく好きです。東大に入ってそこで終わりではなくて、逆に新しい何かが始まる場所、すなわち「門」としての東大。東大は、今の自分の延長線上ではない自分、非連続的な世界を見せてくれる場所だと思っています。
その一例として、東大は自分にとっての「できないこと」に自覚的になれる環境です。東大に入ってくる学生は、それまで割となんでもできてきた人が多いと感じます。もちろん、全科目が得意という人はむしろ少ないと思いますけど、全体としてはやはり「頭がいい、要領がいい」学生が多いと思いますし、それを個性としていた人も多いと思います。

しかし、皆がそれなりに「要領がいい」とき、東大における自分の個性は何なのだろうかと感じざるを得ません。東大に受かるような人は、得意なことがおそらく多いわけですから、自分の得意なものによって個性を測ることはしにくいのではないかと思います。なので、あえて苦手なことに注目することで、自分への理解が深まり、それがもしかしたらものすごく豊かな人生のきっかけになるかもしれない。時間をかけて苦手を克服していくのもいいし、逆にその苦手なことを可能な限り遠ざけて、それ以外のところで勝負するのでもいいですよね。いずれにせよ、これから東大を目指す皆さんには、自分ができることだけではなく、できないことにもポジティブな目を向けてみてはいかがかと感じます。


(編集部より)乾さんには、受験生時代の勉強への向き合い方や学習法、受験生への勉強面のアドバイスをお話しいただいております。ぜひこちらの記事もお読みください。
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また、乾さんには、東大推薦入試に向けて実践した対策・受験当日のエピソードや、推薦入試を目指す方へのメッセージもいただいております。こちらも併せてお読みください。
何よりも、求められている人物像を把握しようー推薦入試を勝ち抜いた体験談

(取材・文章:中川天道)

この記事の著者/編集者

乾将崇   

出身:大阪府柏原市
歴史的観点から見ると渡来人が多かった地域であり、飛鳥時代の国際色豊かな史跡がさまざまなところで見つけられる場所です。

出身高校:清風高校
大阪にある中高一貫の男子校です。設立者の強い仏教教育の理念があり戦中に建てられた学校なのですが、戦後においても、その根本的な指導方針は引き継がれていると感じます。校則が厳しい学校として有名です。

学部・学科:東京大学文学部人文学科
インド哲学研究室に所属しています。普段の授業は、サンスクリット語で書かれた文献の翻訳に重点を置いた演習の形式です。インド哲学は他の文系学問と比べるとマイナーな分野かもしれませんが、全く新しい言語を学んでそれをベースに学問をするわけですから、学生も学習能力や意欲の高い人が多い印象があります。
ただし、テキストの翻訳をすること自体は、今後生成AIやNLP(自然言語処理)などの技術を用いて行うべき領域になってくるので、より理論的な研究をしていきたいというのが個人的なテーマ、問題意識です。

所属団体:東大観世会
観世流の能のサークルに所属しています。私は高校時代から古典が好きだったので、その世界観に触れられる伝統芸能である能にはずっと興味がありました。

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