自分のした行動が結果をもたらす―受験という経験を通して得られたものとは

「自分は天才だと思っていた」——。そう語るのは、東京大学1年生の和田瑛士さん。地方の進学校でトップクラスの成績を誇りながらも、一度は不合格という壁にぶつかり、浪人生活を経て見事合格を掴み取りました。入学後は渋谷のゴミ拾い企画やベトナム一人旅など、周囲を驚かせる行動力を見せる彼ですが、その根底にあるのは、受験を通して得た「結果は自分の行動で生み出せる」という強い実感でした。不合格という挫折から這い上がり、自らの手で合格を掴み取った経験が、今の彼の背中を力強く押しています。

本インタビューは全2回に分けてお届けします。第1回となる本記事では、和田さんに受験を通して得られた経験と、受験生に伝えたい“正しい努力”のあり方を聞きました。

東大を目指すきっかけは何でしたか。

中学生の時、地元のトップ校である姫路西高校を目指して塾に通っていたのですが、そこでの成績がずっと上位だったんです。だから恥ずかしながら、「俺、天才なんじゃね」みたいに思っていて。ド田舎にいて、今思えば完全に井の中の蛙状態でした。そんな状態だったから「俺でも東大行けるやん」と思っていたのがきっかけですね。

でも実はそれだけじゃなくて、自分の中に「広い世界に出てみたい」、「自分がどこまで行けるか試したい」みたいな野心がずっとあった。井の中の蛙は大海に出たがっていたんです。そこでその野心を形にしてくれるのが東大受験でした。

情報格差や学習環境などでの苦労はありましたか? 

受験勉強中は、常に「見えない敵と戦っている感覚」がありました。

東大に入った今振り返れば、合格は決して「超えられない壁」ではありません。正しい方法で努力を積み重ねれば、辿り着ける場所だと思えます。

でも、当時はその壁までの道のりが真っ暗で、壁がどれくらいの高さなのか、どこにあるのかさえ見えていませんでした。出身校は東大合格者を出してはいましたが、僕自身には合格した先輩との接点がなく、生の情報に触れる機会がなかったんです。

どんな参考書を、どのレベルまでやり込めばいいのか。今の自分の進み方は正しいのか。確信が持てないまま、「とにかくがむしゃらにやるしかない」と自分を突き動かすしか無い日々は、精神的にもタフな経験でした。

学校の近くにある姫路城の写真です。僕の出身姫路西高校の校舎は、姫路城の城郭を模して作られています。

現役時の入試の感触や結果、及びどのように浪人を決意したかを教えてください。

現役の時は、不安こそあれど本気で「合格できる」と信じて当日を迎えました。1日目の国語は順調。しかし、2科目目の数学で暗転します。「取れる問題を確実に」という戦略で進めていた大問のミスに、1時間以上経ってから気づいたんです。その瞬間、一気に血の気が引きました。頭が真っ白になり、正直その後の試験の記憶がありません。

試験終了のチャイムが鳴った瞬間、周りの目も憚らず、思わず「バンッ!」と机を叩いて頭を抱えました。「俺は何をやっているんだ」という情けなさと、支えてくれた人への申し訳なさ。不合格を確信した絶望感で、2日目はもう試験を受けたくないとさえ思いました。でも、付き添ってくれた母に「最後までやり切りなさい」と背中を押され、何とか全力を出し切ることができました。

結果は約10点差での不合格。意外なほどの僅差が余計に悔しかったです。

何より心が痛んだのは、母が僕の合格を信じて、東京での新生活の準備をウキウキと進めていたこと。その姿を見て、「自分の不甲斐なさが、大切な人を悲しませるんだ」と痛感しました。

浪人を決めるのに迷いはありませんでした。僕の中で、「諦める時とは、会心の出来だったのに負けた時」だと決めているからです。自分の実力を出し切れずに終わるなんて、到底あり得ない。リベンジは僕にとって「当然の選択」でした。

浪人時代を経て振り返った時、現役時代の受験勉強の取り組みに足りなかったことは何ですか。

一番の反省は、「目的」を履き違えていたことです。

例えば、過去問の扱い。当時の僕は、過去問を単なる「レベルの高い問題集」として、広く浅く解いてしまっていました。解けない問題があれば解き方を確認し、復習する。それ自体は間違った勉強法ではありませんが、東大入試においては不十分です。

本来、過去問は「敵を知り、戦略を立てるための羅針盤」であるべきです。「この大学はどんな力を求めているのか」を分析し、それに基づいて自分の学習計画を修正していく。そうやって、合格までの距離を正確に測るためのツールとして使いこなすべきでした。

過去問を深く分析すれば、東大が求める力が見えてきます。

数学なら「解法の暗記量」ではなく「本質を見極め、式に落とし込み表現する力」。英語なら「単語の知識量」だけでなくリスニングや英作文を含めた「総合的な運用能力」です。

現役時の僕はその分析を大切にしないまま、意味も分からず数学の解法を覚えようとしたり、英単語帳を2冊丸々暗記しようとしたりと、東大という目標からズレた努力に時間を費やしてしまいました。

「見えない敵」の正体を突き止め、暗闇の中で進むべき方向を見定める。そのために過去問を活用できていれば、あんなにも不安に駆られながら、がむしゃらに走るだけにはならなかったはずです。

浪人時代と現役時代で勉強法はどのように変化しましたか?特に、こだわりの学習法があれば教えてください。

実は「がむしゃらに量をこなす」というスタイル自体は変えませんでした。ただ、「努力の対象」を絞り込みそれに集中するようにしたんです。現役の時は情報もあまりなく、どんな教科書で勉強すればいいのか分からなかった所がありましたが、浪人では予備校という受験に特化した所が作る教科書を信用し、それを学習の軸に据えました。今でも教科書の問題は全て解けるくらい、徹底的にやり込みましたね。その結果「これだけは誰にも負けない」という自分の中の揺るぎない軸を作ることができました。

特にこだわっていたのは英語です。僕は英語学習において「感覚」と「イメージ」を大切にしていました。これは東大が求める「英語を道具として運用する能力」とも直結してきます。

「感覚」については、洋楽を聴くことで磨いていました。Charlie Puthの曲などをノリノリで歌って、「自分はネイティブなんだ」と思い込みながら、英語特有のリズムを身体に刻みこんでいました。
一方で「イメージ」は、英単語を覚える際に重視していました。英語と日本語訳を一対一で機械的に暗記するのではなく、その単語が表す「コト」や「モノ」を頭の中に映像として思い浮かべるんです。そして、単語単体のイメージが掴めたら、次はそれを「英熟語」という塊に広げていきました。熟語を単語とセットにして覚えることで、単語単体では掴みきれない生きた「使い方」や、前述したような英語の「リズム」まで自然と定着させることができます。
こうして、英文を見たときにわざわざ日本語に訳さずとも、直接頭の中にイメージが湧くようになると、読むスピードは格段に上がります。これは「英語を英語のまま理解する」という、東大入試の本質を突いたアプローチだったと感じています。

浪人の時の入試の感触と結果を教えてください。

「これだけやり切ったのだから大丈夫だろう」という確かな自信があったので、全体を通して落ち着いて臨むことができました。

1科目目の国語は1年前と同じように問題なく終え、いよいよ鬼門の数学。心がけていたことは現役の時の自分を飲み込んでしまった「焦り」をコントロールすることです。

僕は焦ると脳のリソースを何十%ももっていかれるタイプの人間です。普段100%の力を問題に注げるとしたら、僕は焦るとそれが70%とかにまで落ちてしまう。そして結果的にひどい点数をとってしまう。だから試験中は焦ることをとにかく避けるようにしました。焦りを感じそうになったら一回深呼吸して、別の問題に行くという形で逃げていましたね。そうすることで「普段の冷静な自分」を死守し続けました。現役の時のように大きな失敗をすることもなく二日間を無事に終えて、幸い合格することが出来ました。自分の選択した行動で、結果を変えられた瞬間でした。

昔の自分に対して、さらに勉強の効果・効率を上げるためにアドバイスできることはありますか?

浪人時代は現役時代よりは努力の対象を絞ることができましたが、「優先順位の付け方」にはまだ改善の余地がありました。

今思うことは、東大合格において「何をすることが必要か」よりも「なにが合格のためには必要無いか」を考えてみることが大切であると思います。

「これはやったほうがいい」といった加点方式で勉強しているとなんでもかんでも手を出してしまう。何故なら全ての勉強はやるに越したことがないから。その結果受験に必要ないことまでしてしまう。僕も、自分の勉強のレベルと全く合わないくらい難しい講座を予備校でとってしまっていたことがありました。東大合格を目的にするならば、あの時間は必要なかったと思います。受験までの時間は有限です。この中で、東大合格において大事なことを考えて、何が必要無いか、つまり「やらなくていいこと」を決める。この「引き算の視点」を持ち、優先順位をつけて勉強するということが大切であると思います。

もし現役で合格されていたとしたら、現在とは異なる歩みを選んでいたと思われますか?

間違いなく、今とは違う自分になっていたでしょうね。浪人しなかったら僕は多分「とりあえず大学生なんだし、楽しもう!」みたいな感じで毎日をなんとなく、受動的に過ごしていたと思います。

受験に失敗するまではずっと、自分の行動とそれが引き起こす結果に対して全く責任を持っていなかった。「自分は天才だからなんとかなる」とか思っていて、いわば「根拠のない神頼み」のような状態でした。でも不合格という現実を突きつけられて「自分のした行動が結果をもたらす」という、当たり前のことに気づかされました。

それに浪人したことで同世代のみんなより1年遅れている訳です。その遅れを取り戻したい、さらには追い越してやりたいという原動力が生まれています。この「健全な焦り」が今の僕の様々な挑戦を支えてくれているように感じます。


(編集部より)和田さんにはさらに、「今の彼を形作った人生経験」と「人生において大切にしていること」についてもお話ししていただきました。和田さんのより根源的な部分に迫った内容となっていますので、ぜひこちらもお読みください。
人生を一つの作品として面白いものに―新しいことに挑戦し続ける行動力の源泉とは
(2026年4月7日(火)公開予定)

和田瑛士

氏名:和田瑛士
「王」の字を含む「瑛」には「一番になってほしい」、「士」には「武士のような渋く、かっこいい男に」という両親の願いが込められています。

出身:兵庫県佐用郡佐用町
鹿や熊など野生動物が日常的に姿を現し、「家の前に熊がいて登校できない」という友人すらいたほどの自然豊かな環境で育ちました。夜には日本有数の天文台で輝く美しい星空に親しみ、幼い頃に観測した木星の姿が大切な思い出です。

出身高校:兵庫県立姫路西高等学校
世界遺産・姫路城を望み、それ自体も城郭のような外観をした学び舎で青春時代を過ごしました。高校時代は野球部に心血を注ぎ、週6日の猛練習に明け暮れる日々。その泥臭い経験が、現在の僕の粘り強い精神力の確かな礎となっています。

学部・学科:教養学部理科一類

所属団体
現在は、「やりたいこと」の実現をサポートし合う団体『羅針盤』に所属しています。「漠然としたアイデアはあるものの、最初の一歩の踏み出し方が分からない」。そんな思いを抱えた学生が集い、代表からの実践的なアドバイスやメンバー同士の協働を通じて、一人ひとりのアイデアを具体的な形にしていく活動を行っています。

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