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ダイヤモンドアンビルセル ~科学の発展は汗と涙と共有結合の結晶~

 科学は日進月歩の進化を遂げていますから、身の回りの大抵のことは既に調べ尽くされてしまっています。この地球全体として見ても、人間が普通に生活しているような空間で新事実や新種の生物が発見されるようなことは相当稀ですよね。では新たな生物は最近ではどこで見…
第5回 出典:東京大学前期 2004年 化学 第1問Ⅰ

 皆さん、こんにちは。悔いの無い夏は過ごせましたでしょうか。しかし勝負の夏が終わっても、受験勉強はまだ続きます。最後まで気を抜くことの無いように!


 科学は日進月歩の進化を遂げていますから、身の回りの大抵のことは既に調べ尽くされてしまっています。この地球全体として見ても、人間が普通に生活しているような空間で新事実や新種の生物が発見されるようなことは相当稀ですよね。では新たな生物は最近ではどこで見つかりやすいかと言えば、それこそアマゾン奥地の秘境だとか深海だとか、そういった極端な場所に絞られてくるでしょう。実験室で行われるような科学の研究もまた同じことで、やっぱり標準的な環境での事実より、超低温だとか強磁場下だとか、そういう極端な状況下での話の方がわかっていないことが沢山あると言われています。最近でも東大から2012年12月に『自然界で最も低密度の液体』と題された研究の発表がありニュースになりましたが、これも完全な2次元系における 2mK (=-273.148℃……殆ど絶対零度!)という超低温での発見で、いかに非日常的な世界の話が最先端で繰り広げられているかがわかるでしょう。

 裏を返せばそういった非日常的な環境をいかにして作るかが現代科学の発展のために大事な要素となるわけで、その中でも超高圧という非日常的な設定を作り出すための装置のひとつが、2004年の東大化学第1問Ⅰの題材となった「ダイヤモンドアンビルセル」です。

▲ダイヤモンドアンビルセル

※図は東大入試2004年化学より引用


 “圧力をかける”という操作に対して、物理選択者の生徒さんが真っ先に思い浮かべる道具としては「ピストン付きシリンダー」が挙がるでしょう。しかし通常の材質を用いたピストン付きシリンダーでは超高圧になると容器が圧力に耐えられず壊れてしまいますし、かといって頑丈な作りにしようとすれば内部の観察が難しくなるというジレンマもあります。
 そこでダイヤモンドの出番です。ご存じの通りダイヤモンドの硬度は他の追随を許しませんから(その理由は化学選択者ならば答えられなければなりません。グラファイトが脆い理由と合わせて確認しておきましょう)、図のように力を加えた際ダイヤモンドほど壊れにくいものはありません。また、透明なダイヤモンドは各種光線もよく通しますから、加圧時の内部の様子も比較的簡単に観測することができます。まさにうってつけの素材というわけですね。
 ただ、ダイヤモンドの大きさには限度があります。よってこの装置自体を大型化することができないのが欠点となりますが、実験室で百万気圧を超える超高圧を容易に作り出せるようになったことの科学の発展への寄与は決して小さくないことでしょう。例えば Fe は常圧では示さない超伝導を、高圧化では示すことが知られています。高圧が加われば物質を構成する原子間の距離が通常と変わってきますから、それが示す性質も通常のものとはやはり異なってくるのです。

 科学の研究というと、ひたすら理論をこねくり回したりだとか実験に次ぐ実験からデータを集めに集めたりだとかいった側面がクローズアップされがちですが、新たな実験装置・手法の開発もまた重要な位置を占める内容のひとつです。東大入試物理では1991年に出題されたフィゾーの実験や、大学で特殊相対論を学ぶとまず見ることになるマイケルソン・モーリーの実験などは本当によく考え付くなと感心しますし、そんな大袈裟なものでなくたって、化学の滴定操作や蒸留操作なども開発した人・今の形に改良した人はやはり賢いなあと思います。
 皆さんの中にも、受験勉強で蓄えた先人の沢山の賢い知恵を活かし、将来素晴らしい成果を上げる人がきっといるでしょう。月並みな言葉ですが、斬新で独創的な発想を生み出す頭は過去の知恵に揉まれる中で養われるのです。受験勉強が将来全くの無駄になることなんかありませんから、皆さんには今のうちに吸収できるエッセンスは吸収し尽くしてしまって欲しいものですね。それでは、また次回。

2013/08/30 石橋雄毅

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