毎年『全国大学数学入試問題詳解』を発刊している聖文新社が、その創刊50年を記念して主要大学の数学入試問題50年分を大学ごとに次々と本にしました。本書は勿論そのトップバッター。大きめの書店でしか見ませんが、50年分ともなるとさすがに貫禄の佇まいです。構成の様子に入る前にまず言っておきたいことがひとつ。それは、本書のユーザーは主に高校・予備校教師だということです。そりゃあ、東大の数学を50年分も解くだけの時間的余裕なんて殆どの受験生が持ち合わせていないでしょう。それよりは、講師が生徒指導の為に、この669題の良問の中からどの問題を演習用に使うか選ぶための“図鑑”的な使い方の方がよっぽど実用的でしょうし、編集部側もおそらくはそのような想定でいるようで、「はしがき」には“私たち高校・予備校教師が~~”と書いてあります(読者を含まない、筆者たちとの意味での“私たち”とも取れましたが、自分は文脈から読者を含んだ“私たち”だと考えます)。
それでもここに本書について述べるのは、実際に自分の周りに本書を全て解いて入試に臨んだ同級生がいたこと(かなり稀な例ですが)、余所で本書の特徴について述べたレビューを自分はあまり見たことが無いこと(大半が、「東大入試ってやっぱりスゲー!」というものばかり)の2点から。本書を改めて“受験参考書”として見るとどのような特徴が浮き彫りになるのか、まとめてみます。
「はしがき」1ページで東大入試数学50年の雑感を述べ、次ページで本書の構成についてまとめた後は基本的に問題と解答のみ収録。特徴的なのはそのまとめ方で、まず「年度別問題編」として50年分の入試問題を全て年度順に掲載。ここで言う“全て”とは、前期試験の文系数学・理系数学、後期試験は勿論のことセンター試験の前身の共通一次試験が始まるよりももっと前に行われていた大学個別の一次試験の問題も含めての“全て”です(が、一次試験の中には一部省略されているものもあります)。問題文はびっちり詰められ見渡しやすくなっており、新訂版になって試験時間が最初のページに記されていたので、時間を意識しながらの問題演習が気軽にできるようになっています。
1956年から2005年までの50年分の問題の後には、「項目別解答編」が続きます。ここでは、その50年分の問題が単元ごと・難易度順に解答と共に再配置。学習指導要領が50年の間に何度も変わっていますので、ここの単元は聖文新社独自の分類になっています。それぞれで掲載順が違うと扱いが面倒なのではと思うかもしれませんが、一応双方向の行き来がすぐにできるような記載は施されています。この構成から、本書は過去問をセットとして解くことも、また25ヵ年のように純粋に演習問題として使うことも、いずれにも対応しているということが言えます。
解答は、略解とまでは言わないまでもかなり淡泊で解説の類はほぼ皆無。50年分もの問題を2度も掲載してこの厚さなのですから、解答の充実度はお察しください。勿論最低限必要なことは端的に書かれていますので、数学の得意な人にはこれで良いのかもしれません。
先にも述べた通り「項目別解答編」で問題を単元ごと・難易度順に配置していますが、これはなんとも珍しい配列で、少なくとも東大数学を1セット解く上で、単元ごとの難易度の情報はあまり役に立ちません。1セットの中に同じ単元の問題が含まれることは、2012年度入試のような例外でもなければ滅多にありませんから、一通り解いて振り返ってみたところで結局どの問題は取るべきでどの問題は取れなくても良かったのか、ということがなんとなくしか分からないためです。しかし通常の問題演習をするという観点からした場合には、苦手な単元を頭から解いていけば少しずつレベルアップしていけるというメリットがありますので、単元ごと・出題年度順の配列を取っている25ヵ年に比べればよっぽど効果的に思われます。
以上全ての性質を鑑みても、やはり本書は数学講師が東大入試を研究・生徒指導に活用するための1冊としての利便性が特に際立っている印象を受けますね。本書を全て解いたと豪語する私の友人は、理Ⅲを目指して高1からずっと受験勉強をしてきたという人物で、他の科目の過去問も25ヵ年全て解いたという猛者です。制限時間の切羽詰まった通常の受験生にとっては、本書を全部解くだけの時間を他の科目の勉強時間に充てた方が利益が大きい可能性が高いことを改めて強調しておきます。
石橋雄毅