東大受験生御用達の物理問題集として有名な一冊『難問題の系統とその解き方』――通称“難系”。問題集にも拘らず『物理教室』のような参考書と肩を並べるくらいの分厚さの内には、その看板に偽りなく東大・京大・東工大・東北大といった国公立大学の重厚な入試問題を中心に、かなり応用的な問題からあまり見慣れない設定の問題までがめいっぱい詰め込まれています。出典元の私立大学として早大が目立つのもさすがと言ったところ。
例題・演習問題は合計でおよそ300問ほど収録。各セクションの冒頭には「要項」として重要事項・公式がまとめられていますが、書いてあるのは最低限の知識整理程度。問題集だからこれは当然なのですが、本書の場合問題の解説も決して丁寧というほどではありません(むしろ、殆ど略解しかない演習問題はやる意味がないと言われることもあるレベル)。加えて、この淡々と入試問題が並べられているだけの古めかしいレイアウト――大学生向けの演習書の風格すら感じるこの一冊は、優しく丁寧な解説に慣れきった勉強嫌いの高校生にとって大変敷居の高いものとなり得るでしょう。好奇心旺盛な努力家がこの険しい一冊を全て解きほぐして入試本番に臨むなら、そりゃあ自信をもって合格を勝ち取ることもできようというもの。
収録されている問題についてですが、東大の前期試験の問題は2000年代前半のものが多く、むしろ〔東大〕と書いてあっても後期試験の問題だったりで、東大受験の設計上困ることは殆ど無いでしょう。そもそも東大の後期試験の重厚で面白い問題がそんなに収録されていること自体が問題集として異例であり、本書がいかに他より学力も好奇心も高い層をメインターゲットとして想定しているかが分かります。具体的に内容を見ると、難関大では割と出題されるのに一般的な問題集には収録されないことの多い単スリットによる干渉の問題がキチンと入っていることに、細かいですがまず特徴を感じます。レンズの公式の幾何光学的証明やソレノイドコイル中の磁場のビオ・サバールの法則を用いた導出もさすがハイレベル向け。題材が珍しいものとして、例えばエーテルの話や電場と磁場のローレンツ変換、位相速度と群速度など、入試頻出では決してないけれどトピックス的に興味深い問題がいくつもちりばめられていますし、偏光やトランジスタを知識としてではなく真正面から取り扱った問題も他で見たことがありません。
高3に入ってから本格的な理科の学習を始める高校生が多い現状を鑑みると、使う問題集のグレードを一歩一歩段階的に上げていくタイプの学習をしている人が本書に到達するのは、時間の余裕的にあまり現実的でないかもしれません。かといって教科書~『
物理のエッセンス』程度の軽い内容からすぐ本書に立ち向かうのは、多くの高校生にとってかなりの挫折リスクを伴う……はずなのですが、どうやら現役東大生の中にはそういう人達も少なくないようで、器量と根気に覚えがある人――つまり、一だけを知った状態で十を浴びせられ続けてもそれを最終的にマスターしてしまう自信のある人は、挑戦を検討してみるのも悪くないでしょう。高2からしっかり物理の勉強をしていて高3の早い段階で『
名問の森』レベルで飽き足らなくなってしまった人や、物理は得意だけれど他が足を引っ張ってしまった高卒生になら、安心して25ヵ年等での過去問演習との二択とすることができます。
どういう形で学習していくにせよ、本書の問題を解けることが東大合格のための必要条件とは思いません。しかし、自分のレベルを正しく分析できず見栄を張り不適切な参考書を使い続けることが不合格のための十分条件だと思います。難しめの参考書の紹介ではいつも言っておきたいことです。
2014/08/22 石橋雄毅