【A級紙】 #05 慣性モーメント ~それでも剛体はまわっている~

シリーズ「A級紙」は、皆さんが高校までで学習している内容が大学ではどんな風に現れるのか、また実際の研究でどのように使われているのか、生活にどのように溶け込んでいるのかといった話題を、東京大学の数学・物理・化学の入試問題に(無理矢理)絡めてちょっとだけでも知ってもらい、勉強をより一層楽しんでもらおうという連載です。

さて,物理選択の皆さんで昔の東大入試物理の演習をしている人は,頭から順に解いていると「何だこれは?」と思う言葉にであることがあるかもしれません。
そのひとつが 1985 年第 4 問(当時は理科に第 4 問があった)の力学の問題に出てくる“慣性モーメント” です。
この問題を解く上で慣性モーメントの使い方に関する知識は欠かせないので,この問題は現行課程の受験生には解けないことになります。

慣性モーメントは,東大だと S セメスター(夏学期)の力学の授業で登場しますが,かつては高校物理の学習指導要領に含まれていただけあって,その導入部分は高校生でも十分理解可能なものになっています。
そのこともあってか最近の過去問や模試などにも,予備知識として慣性モーメントを知っていると役に立つであろう問題がそこそこあります。

そこで慣性モーメントに関する物理の問題を,現行範囲の高校物理・数学で解けるよう作ってみました。
さすがにこの問題だけでは当時の受験生が学んでいた全ての内容はカバーしきれませんが,解答・解説の後により深く踏み込みたいと思いますので,まずは慣性モーメントがどのようなものなのか,自身で問題を解きつつ考えてみましょう!

⇒問題(PDF)

次に解答を掲げますが,上の問題を自身でしっかり考えてからご覧ください。


解答

I

以下,パイプを角速度 $\omega$ で回転させたときの運動エネルギーを $K$ とする。

(1)

$K = \displaystyle\frac{1}{2} m \left( L \omega \right)^2 = \frac{1}{2} \cdot mL^2 \cdot \omega^2$

であるため,求める慣性モーメントは $I_{1} = mL^2 \quad \cdots 答$ である。

(2)

$$
\begin{align}
K &= \displaystyle\frac{1}{2} \cdot \frac{1}{3} m \sum_{k=1}^{3} \left( \frac{k}{3} L \omega \right)^2 = \frac{1}{2} mL^2 \omega^2 \\
&= \frac{1}{54} m L^2 \omega^2 \cdot \frac{1}{6} \cdot 3 (3+1) (3\cdot 2 + 1) \\
&= \frac{1}{2} \cdot \frac{14}{27} mL^2 \cdot \omega^2
\end{align}
$$

であるため,求める慣性モーメントは $I_{3} = \displaystyle\frac{14}{27} mL^2 \quad \cdots 答$ である。

(3)

$$
\begin{align}
K &= \displaystyle\frac{1}{2} \cdot \frac{1}{n} m \sum_{k=1}^{n} \left( \frac{k}{n} L \omega \right)^2 = \frac{1}{2} mL^2 \omega^2 \\
&= \frac{1}{2n^3} m L^2 \omega^2 \cdot \frac{1}{6} \cdot n (n+1) (2n + 1) \\
&= \frac{1}{2} \cdot \frac{(n+1)(2n+1)}{6 n^2} mL^2 \cdot \omega^2
\end{align}
$$

であるため,求める慣性モーメントは $I_{n} = \displaystyle\frac{(n+1)(2n+1)}{6n^2} mL^2 \quad \cdots 答$ である。

II

問 I (3) で $m = \rho L, \, n \to \infty$ としたものがこのパイプの点 O のまわりの慣性モーメント $I$ であるため,

$I = \displaystyle\lim_{n \to \infty} I_{n} = \displaystyle\frac{1}{3} \rho L^3$

と考えられる。したがって,力学的エネルギーの保存を考えると

(i) 傾きが $0^{\circ}$ のときの角速度 $\omega_{0}$ は

$\rho Lg \times \displaystyle\frac{1}{2} L \cos 0^{\circ} = \frac{1}{2} I \omega_{0}^2$

より $\omega_{0} = \sqrt{\displaystyle\frac{3g}{L}} \quad \cdots 答$ と求められる。

(ii) 傾きが $30^{\circ}$ のときの角速度 $\omega_{0}$ は

$\rho Lg \times \displaystyle\frac{1}{2} L \cos 30^{\circ} = \frac{1}{2} I \omega_{0}^2$

より $\omega_{0} = \sqrt{\displaystyle\frac{3 \sqrt{3} g}{2 L}} \quad \cdots 答$ と求められる。

III

(1)

$x = \displaystyle\frac{1}{2} L$ の位置で固定したときの慣性モーメント $I'$ は,密度 $\rho$,長さ $\frac{1}{2} L$ のパイプが 2 本あると考えて,

$$
\begin{align}
I' &= \displaystyle\frac{1}{3} \rho \left( \frac{1}{2} L \right)^3 \cdot 2 \\
&= \displaystyle\frac{1}{4} \cdot \frac{1}{3} \rho L^3
\end{align}
$$

と求められ,これは $I$ の 4 倍となっている。

(1) 別解

問 I (3) 同様に考えて,

$$
\begin{align}
I' &= \displaystyle\lim_{n \to \infty} 2 \cdot \sum_{k = 1}^{n} \left\{ \frac{1}{2n} \rho L \cdot \left( \frac{k}{2n} L \right)^2 \right\} \\
&= \displaystyle\lim_{n \to \infty} \frac{1}{4} \rho L^3 \cdot \frac{1}{n^3} \cdot \frac{1}{6} n (n+1)(2n+1) \\
&= \displaystyle\frac{1}{12} \rho L^3 = \frac{1}{4} \cdot \frac{1}{3} \rho L^2
\end{align}
$$

と計算することも(もちろん)できる。

(2)

問 I (3) に比べて,パイプ全体の回転軸からの距離が $\sin \theta$ 倍となるから,求める慣性モーメント $I_{\theta}$ は

$$
\begin{align}
I_{\theta} &= \displaystyle\lim_{n \to \infty} \sum_{k = 1}^{n} \left\{ \frac{1}{n} \rho L \cdot \left( \frac{k}{n} L \sin \theta \right)^2 \right\} \\
&= I \sin^2 \theta = \displaystyle\frac{1}{3} \rho L^3 \cdot \sin^2 \theta \quad \cdots 答
\end{align}
$$

と計算できる。

IV

問 Ⅲ より,物体の慣性モーメントはその質量分布が回転軸のまわりに集中するほど小さくなるといえる。
ある角速度を得ようと氷を蹴るときに必要な仕事は,その角速度で回転するときの運動のエネルギーが小さいほど小さく済むから,例えば腕を曲げるなどして体の慣性モーメントを小さくすれば氷上でより回転しやすくなる。
これを利用して回転速度を制御できると考えられる。

※ 本問の流れからは,次のような解答も考えられます。

問 Ⅲ より,物体の慣性モーメントはその質量分布が回転軸のまわりに集中するほど小さくなるといえる。
氷上での回転の運動エネルギーが保存するとすれば,例えば回転中に腕を伸ばせば体の慣性モーメントが増し角速度は遅くなる。
これを利用して回転速度を制御できる。

この解答も殆ど減点されないでしょうが(そもそも本企画のために用意した問題であり入試とは無関係ですが),このような議論をする際には本来,この問題では扱えなかった “角運動量保存則” いわゆる面積速度保存則を持ち出すのが妥当で正確と考えることができます。
手足の曲げ伸ばしはどうしても回転の運動エネルギーに影響を及ぼしえますからね。

このため模範解答としては、問題から自然な流れで繋がり,それでいて誤りのない議論であるさきの例を採用しました。

解答ここまで


高校物理の問題では「棒は十分に軽いとし,質量は無視できる」と問題文に但し書きのあることが多いですが,以上の例題のようにこの “慣性モーメント” という概念を導入することで,棒の重さが無視できない場合の計算も可能になるのです。

例題で,慣性モーメントは“回転の運動エネルギーの比例定数”として定義しました。
そして回転運動のエネルギーが剛体棒で確かに $\displaystyle\frac{1}{2} I \omega^2$ の形になっていることを問 Ⅰ で計算して確かめてもらいましたが,実はこの慣性モーメントの有用性はエネルギー計算にとどまりません。

今回は慣性モーメントを使った “回転の運動方程式” について見てみましょう。

一次元の "運動方程式" を時刻 $t$ の微分を用いて書くと

$F = m \displaystyle\frac{d^2 x}{dt^2} \quad \cdots (1)$

$F = m \displaystyle\frac{d v}{dt} \quad \cdots (1')$

となります。ここで $x, \, v$ はそれぞれ変位,速度です。
ここで,物体が回転半径 $r$ の円運動をしているときは回転角速度 $\omega = \displaystyle\frac{d \theta}{dt}$ を用いて $v = r \omega$ と表されるので,$r$ を時間変化しない定数とすれば,(1’) は

$F = mr \displaystyle\frac{d^2 \theta}{d t^2} \quad \cdots (2)$

と書き換えることができます。

さて,ここでいま考えているのは “回転” という概念だったはずですが,高校物理では回転する・しないの議論をするときに「力のモーメント」というものを考えました。
(2) 式の辺々に $r$ を掛け,力のモーメント $N=rF$ を導入すると,

$N = mr^2 \displaystyle\frac{d^2 \theta}{d t^2} \quad \cdots (3)$

となり,いわゆる “回転の運動方程式” の完成です。
このような形にしたからといって何の意味があるのか,と思うかもしれません。
いま $r$ が定数の場合を考えていますから,$mr^2$ も定数。
すると実はこの回転の運動方程式は,普通の運動方程式である (1) 式とよく似た形をしていることがわかります。
実際,$mr^2$ の部分は例題の問 Ⅰ (1) で見たように回転運動のエネルギーにおける比例定数となりますが,これを I とおけば

$N = I \displaystyle\frac{d^2 \theta}{d t^2} \quad \cdots (3')$

となり,普通の運動方程式を表す (1) 式で $F \to N, \, m \to I , \, x \to \theta , \, v \to \omega$ としただけで,数学的な形は全く変わりません。
ということは,(1) 式に対して数学的な操作を行って成り立った公式は全て (3) 式でも文字を置き換えて成り立つはずです。
エネルギー保存則は,今まで皆さんが学習していた範囲の力学で数学的な式変形のみによって示されていたものなので,対応関係から回転に対する運動エネルギーは $\displaystyle\frac{1}{2} mv^2 \to \frac{1}{2} I \omega^2$ と表せることになりますね。

勘の良い人は,運動量保存則も問題なさそうだということに気付くかもしれません。
まさにその通りで,“運動量” $mv$ に対応する“角運動量” $Iω$ も実際に保存します。

さらに,ここまで質点について考えてきたこの話は剛体についてまで拡張することができます。
(1) 式の運動方程式のときも,力が 2 つ以上だったり 2 つ以上の質点が同じ加速度で移動したりする場合には,すべての運動方程式の外力や質量をそのまま足すことができました。
これと同じように考えて,(3) 式の回転の運動方程式も 2 つ以上の質点が同じ角速度で回転する場合には $I$ をそのまま足してよいと考えられます。
剛体の回転運動は沢山の質点が同じ角速度で回転しているものと捉えることができますから,例題のように微小部分について足し合わせることで剛体の慣性モーメントは求められますね。

では,剛体の慣性モーメントを一般的な形で表してみましょう。

剛体の密度を $\rho$ とすると,微小体積 $\Delta r$ の質量は $\rho \Delta r$ です。これが回転軸から距離 $r$ だけ離れていたとすれば,その微小体積が持つ慣性モーメントは $\rho r^2 \Delta r$ と表せますから,これをその剛体全体について足し合わせて

$I = \displaystyle\int \rho r^2 \, dr$

となります(A級紙第 4 回の内容ともリンクしていますね)。
さて,この見かけこそ違う式を用いて例題の問Ⅲ(1)で考えた慣性モーメントを計算してみると,

(ⅰ) 点 O で固定した場合

$I = \displaystyle\int_{0}^{L} \rho r^2 \, dr = \frac{1}{3} \rho L^3$

(ⅱ) $x = \displaystyle\frac{1}{2} L$ で固定した場合

$I = \displaystyle\int_{- \frac{1}{2} L}^{\frac{1}{2} L} \rho r^2 \, dr = \frac{1}{12} \rho L^3$

となり,確かに例題で解いたときと一致します。
この定式化を用いると,棒に限らず円柱や球など,様々な形をした剛体の慣性モーメントが求められ,その回転運動の様子を計算することができるのです。

以上の話は,本来であればベクトルや体積分を使ってもっとしっかり議論すべきこと。
数学的にはおそらくツッコミどころ満載で,なかなか強引な展開になっています。
ただ,ベクトルの外積やら積分やらといった見慣れない道具を使って真新しいものを議論していくのは受験生にはなかなか難しいことですし,ここでは何より皆さんの興味・教養を深められればという目的がメインですので,雰囲気だけでも掴んでもらえるよう今回はこのくらいに収めました。
数学的にもっとしっかりやりたいという人は,嫌でも大学 1 年生でやることになりますのでそれまで楽しみにしていてください。

また,今回は慣性モーメントがどのようにして出てくるのかをメインに解説しました。
実際にこれを導入することでどういった問題が解けるようになるのかが気になるところでしょうが,そういう人はそれこそ改めて東大物理 1985 年第 4 問に挑戦してみてください。
ここまでの話を理解しきれていなくても,回転運動のエネルギーが  であることと,角運動量 $Iω$ が保存することさえ認められたあなたならばもう解けるはずです!

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